【マツダ×パイオニアの挑戦 】第4話:苦難の末に辿り着いた到達点。更なる頂を見据えて進化は続く~短期集中連載全5話~

【マツダ×パイオニアの挑戦 】第4話:苦難の末に辿り着いた到達点。更なる頂を見据えて進化は続く~短期集中連載全5話~
  • 【マツダ×パイオニアの挑戦 】第4話:苦難の末に辿り着いた到達点。更なる頂を見据えて進化は続く~短期集中連載全5話~
  • マツダ CX-60に搭載されているDSPアンプ
  • マツダ 統合制御システム開発本部・若松功二氏
  • パイオニア 技術開発本部 技術統括グループ 第1ハード設計部 サウンド技術1課 三井所紗江氏
  • 数々の工夫が施されている基板部分
  • シャシーも放熱性を考えたフォルム

MAZDA3の開発にあたって、新しい純正オーディオの開発に取り組んだマツダとパイオニアの開発陣のストーリーを1回目~3回目でお伝えしてきた。MAZDA3がリリースされると渾身の開発を込めた純正オーディオは高く評価されることになる。

その成功を受けて、その後の開発の中でオーディオの重要度は確実にアップしたと言えるだろう。今回の連載4回目ではMAZDA3成功のその後について紹介して行くことにする。ピックアップしたのはCX-60。MAZDA3以来、大きなオーディオの進化を投入した車種として、マツダ、パイオニア双方の開発スタッフにとってエポックメイキングなクルマになった。その理由と開発内容について紹介しよう。

◆MAZDA3の成功があったからこそ
新たなチャレンジが可能となった

マツダ CX-60に搭載されているDSPアンプマツダ CX-60に搭載されているDSPアンプ

MAZDA3での新しい純正オーディオの試みは高く評価され「良いものは良い」という社内での評価を受けることになる。社内の試乗会でも一般的にはまず考えられないオーディオを高く評価する声も多く、開発陣の苦労が報われた瞬間でもあった。それを受けてマツダの車両開発ではオーディオの重要度が増していく。次なるターゲットに定めたのはCX-60だった。ここからはCX-60に採用されたDSPアンプについて、その開発経緯を紹介していくこととした。

DSPとはデジタル・シグナル・プロセッサーの略。実はMAZDA3ですでにDSPを内蔵したパワーアンプを高級グレードへのオプション設定ではなく全グレードに採用していたのだ。DSPの主な機能は各スピーカーをコントロールすること。従来の純正オーディオでは帯域を分割するパッシブネットワークを使ってアナログ処理を行うのが一般的。しかしDSPを使うことによりデジタルで音声信号を処理、しかもツイーター、スコーカー、ウーファーの各帯域を個別にデジタルコントロールできるようになるのがメリットで、車内の高音質化にはスピーカーの開発と同様、非常に重要なパートを占めるユニットなのだ。デジタル調整を施すことで目の前に広がる音像や低域から高域までの帯域バランスの良いサウンド、さらには運転席のリスナーにだけフォーカスを合わせたドライバーモードのサウンド設定などが可能になり、DSPを搭載したからこその音響的なメリットとなるのだ。

◆マツダの高い要望を実現するべく
アフターオーディオの実績を発揮させる

マツダ 統合制御システム開発本部・若松功二氏マツダ 統合制御システム開発本部・若松功二氏

そんなMAZDA3での成功を受けて、CX-60ではさらに進化したDSPアンプを導入するべく開発が進められた。目標となったのはアフターオーディオの世界で高音質を極めるハイエンドオーディオ。それを愛車で実体験していた若松さんは純正で“あの音”を実現しようと考えた。

「ハイエンド系オーディオの良さの根底にあるのが“質感”の高い音なんです。これを再現するための要素のひとつとして考えたのがパワーアンプの高品質化でした。良い音のアンプを作るべくCX-60の開発の中でオーディオメーカーとの協力が始まりました」

パイオニア 技術開発本部 技術統括グループ 第1ハード設計部 サウンド技術1課 三井所紗江氏パイオニア 技術開発本部 技術統括グループ 第1ハード設計部 サウンド技術1課 三井所紗江氏

開発を共に担当することになったのはパイオニア。開発を担当したスタッフの一人だった技術開発本部の三井所紗江さんに話をうかがった。

「弊社ではこれまでもカー用のパワーアンプを数多く手がけてきていますがハイエンドな音となるとちょっと話は別でした。なぜなら純正オーディオだからこその制約(コストやサイズ)を考えるとアフターオーディオのように大型でコストの高いハイエンド系のパーツを投入する設計は難しいことが分かっていましたから。“ハイエンドオーディオ並みの高音質を実現したい”という思いを満たすパワーアンプの開発はかなり苦労した思い出があります」

開発過程では徹底した低歪み化を目標の一つにする(純正オーディオは特にノイズに対する要求レベルが高い)。原音を歪ませる要因のひとつひとつを潰していく地道の作業が積み重ねられた。基板設計、パーツ選定、ソフト設計など、その作業は多岐にわたっている。そのひとつひとつにパイオニアがアフターオーディオのハイエンド機で培ったノウハウと技術力が注ぎ込まれる。

「例えばグラウンドをより強固にするために取った手法のひとつがシャーシを使ってグラウンドを落とす方法でした。これにより安定したグラウンド接地が可能になりノイズの低減に大きく寄与したこともありました。オーディオはノウハウの塊、ひとつひとつの変更で大きく音が変わるので多くの試作を試しました」

またソースユニット側(マツダコネクト)からの信号の入力にはMOSTと呼ばれるデジタル信号が用いられている。そのままデジタル信号をDSPアンプにインプットするので、アナログ/デジタル変換を経ることがなく、効率良く信号の劣化も無いため有利と思われるのだが、高音質オーディオの開発にはそうではなかった。

「デジタル系の信号にも特有のノイズがあるんです。それを排除するのもデジタル信号系のノウハウが必要になりました。さらにデジタルデータを扱うものの、元の音源はもちろんアナログです。アナログは特有の音の太さを持っているんですが、これをデジタルで表現することにも力を注ぎました」

これらの音声データのデジタル処理はパイオニアの得意とするところだった。自社が独自にカスタムしたコイルやコンデンサーなどを投入することで音の微調整を実施して対応していくこととなった。

「マツダの担当開発者が思う高音質を作るためには数多くの試聴が必要になります。実際に試聴して音質を検討する際には、試聴して意見を聞き、それに合わせてパーツを変更して音を変化させるという作業を繰り返しました。その過程を経て狙った高音質に最適なパーツ選択、基板設計を模索していきました」

見えない“音”を素早く調律する
音のソムリエがマツダが求める高音質へ導く

数々の工夫が施されている基板部分数々の工夫が施されている基板部分

そもそもオーディオはスペックだけでは推し量れない部分も多い。そこで開発時にはパイオニアは試作したデモ機を持ち込んでマツダ側の開発陣と一緒に試聴、そこで求める音をすり合わせていったという。しかもパーツ選択や基板などをその場で変更できるようにして、音の方向性をリアルタイムで決めるという作業を実施した。

その際にマツダの若松さんが驚いたのが仕様変更のスピーディさと出てくる音の的確さだったという。

「テスト機を試聴してその感想を三井所さんに伝えるんです。するとすぐにパーツや回路変更で対応してくれるのです。これには正直とても驚かされました。音の印象とパーツ選択との関連性を知り尽くしていないとできないこと、それができる経験値を持った担当者がいることがパイオニア開発陣の優れたポイントだったと思っています」

CX-60に採用されたDSPアンプにはMSR(マスターサウンドリバイブ)と呼ばれるパイオニアの市販モデルに投入されている機能も搭載された。これは実はマツダ側からのリクエストだったという。MSRはCDや圧縮音源を高音質なハイレゾ並みのサウンドにする技術、ただしマツダが要求したのは音を加えたり加工すること無くノイズを落としてクリアにするためにMSRを活用することだった。両者の思いが高音質化を再現するという目的のために一致した機能投入だった。

シャシーも放熱性を考えたフォルムシャシーも放熱性を考えたフォルム

さらにCX-60のDSPアンプはシャーシ設計でもかなりの工夫を込めている。DSPアンプは放熱性や強度の確保は非常に重要になる。そこでシャーシに凹みを設けて両方を一度にクリア、さらに熱伝導性の良い素材をシャーシに使うことでも放熱効果を高めている。

細部にまで込められた高音質化のノウハウ。こうして完成したのが8チャンネル出力を備えたDSPアンプだった。すべてのスピーカーを個別でコントロールするマルチアンプシステムを構築、これを高級グレードへのオプションでは無く、すべてのモデルに搭載することになる。DSPの調整もCX-60に合わせて徹底して煮詰められる。

「求められていた音は質感の高い低音、弱さを感じないサウンド、シャープでクリアな高域、分離感のある中高域、それでいてしっとりとした柔らかさも備えた音でした。それが今回の開発で実現できたと思っています」

MAZDA3から始まった純正オーディオへのDSPの投入と各スピーカーのデジタルコントロール。CX-60ではさらにそのレベルを高めてアフターのハイエンドオーディオのレベルにまでサウンドを引き上げた。音の質感を高めたグレードの高い純正オーディオがCX-60で味わえるようになったのにはそんな開発があったのだ。

《土田康弘》

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