日本ミシュランタイヤの新世代スポーツタイヤ『パイロットスポーツ5』のセールスポイントは、性能だけではない。1月28日のオンライン発表会ではデザイナーが登壇し、そのデザイン魅力を訴えていた。
タイヤのどこをデザインするの? そんな疑問を抱く人も少なくないかもしれない。そこで、発表会でデザイン説明した清井友広(せいい・ともひろ)さんに後日、インタビューを実施。タイヤ・デザインの奥深い世界のお話を聞いた。
清井さんは東北芸術工科大学でプロダクトデザインを学び、2011年に日本ミシュランタイヤに入社。研究開発本部・PCタイヤ先行技術開発部でデザイナーを務めている。
タイヤをデザインするということ

「どこをデザインするの?は、素直に出てくる疑問だと思います」と前置きしながら、清井さんはこう語り始めた。
「トレッドパターンはもちろん、サイドウォールのグラフィックを含めて、タイヤの外観に関するすべてに何かしらデザイナーが関わっている。タイヤは路面に接する唯一のパーツですから、常に性能面とのせめぎ合いのなかでデザインをしています」
トレッドパターンはタイヤの性能を左右するもの。しかし性能だけでパターンが決まるわけではなく、そこにデザインの仕事が発生する。
「お客様からの声を聞いたり、デザイナーとして次の進化を思い描いたりしながらコンセプトを作り、デザイン提案するというのがひとつのアプローチ。逆に、エンジニアから技術イノベーションの提案を受けて、それをどうすればお客様の心に響くように表現できるかを我々が考えるというアプローチもあります」
新しいトレッドパターンが生まれるきっかけは、デザイン発想とエンジニア発想の両方があるわけだ。どちらの場合でもデザイナーは、カーデザインやプロダクトデザインと同様に、まずはスケッチを描いてアイデアを練る。

「最初からCGソフトでスケッチを描くデザイナーもいるし、手描きスケッチから始めて、アイデアを煮詰めてからデジタルツールを使う人もいます。大事なのは、他の人にとってわかりやすい具体的な提案にまとめていくことです」
なにしろタイヤは丸い。トレッドパターンはその丸い円周面に刻まれるものだから、それをスケッチで正確に描くのは大変そう。3Dのデジタルモデリングを作り、そのデータをレンダリングしたほうが、見る人にとってわかりやすいかもしれない。
「そうですね。2次元のスケッチではデザイン意図を表現しきれません。丸いから描くのが難しいというだけでなく、そもそもトレッドパターンは立体形状です。タイヤは新品からだんだん摩耗していって、最終的にスリップサインが出る。その過程にもデザイナーとして提案したいことを持ち、それを伝えるために、3Dモデリングのツールも使っています」
エンジニアとワンチームで開発

新製品パイロットスポーツ5は、ミシュランのスポーツタイヤとして定評あるパイロット・シリーズの最新版。そのトレッドパターンはデザイン発想から生まれたのだろうか? 従来のパイロットスポーツ4からの進化を図るとなれば、まずはエンジニアが「ここを、こうしたい」と性能向上策を提示してきたとしても不思議がないが…。
「今回はどちらが先とも言いがたい」と清井さん。「もちろん私たちもコンセプトを作ってデザイン提案しましたが、最終的に製品化したトレッドパターンは、開発を進めるなかで技術とデザインが一緒になって最適解を導き出したものです」
「私たちの職場ではデザイナーとエンジニアが常に意見交換をしています。自分が考えたデザインについて性能的にどうかなと思ったら、エンジニアにシミュレーションしてもらう。ミシュランジャパンのなかだけでなく、海外拠点のエンジニアともコンタクトできます。グローバルなチームとして研究開発が動いているので、それぞれのケースで最適な担当者にコンタクトを取りながら仕事しています」
清井さんはパイロットスポーツ4のデザインも手がけ、2016年度グッドデザイン賞(Gマーク)を獲得しているが、そのときと今回では開発体制が違っていたという。
「パイロットスポーツ4はフランスの本社が主導権を持って開発したので、デザインにも本社側の意見が多く取り入れられていました。そのパイロットスポーツ4の成功をもとに、今回はミシュランジャパンが中心になって、性能面でもデザインでもさらに高い次元を目指す。チームの一体感をより高めて開発を進めました」
進化の鍵はスポーツDNAとブランドDNA

パイロットスポーツ5のトレッドパターンについて、清井さんは「ミシュランのスポーツDNAとブランドDNAを融合したデザイン」と告げる。
「ミシュランではモータースポーツタイヤと公道用のタイヤを垣根なく開発していますが、なかでもパイロット・シリーズの製品はモータースポーツのDNAを強く反映している。極限状態で磨かれた技術をフィードバックして進化するというシリーズの考え方は、デザインにおいても同じなのです」
例えばパイロットスポーツ・カップ2は、サーキットに軸足を置きつつ公道も走れるタイヤ。もちろんスーパーGTやWRC、フォーミュラEといったトップカテゴリーのモータースポーツにも、ミシュランはタイヤを供給している。そうした経験を今回のトレッドパターンのデザインに活かしたというわけだ。
もうひとつのブランドDNAは、清井さんによれば「トレッドパターンを見て、タイヤの性能を感じ取れるようにすること」だという。
パイロットスポーツ5は内側がウエット性能重視、外側がドライ性能重視の非対称パターンだ。そこは従来のパイロットスポーツ4も同じだが、よく見比べると、かなりトレッドパターンが変わった。

「外側の横溝に稲妻のように折れた形状を設けることで、ドライ路面でしっかりグリップする印象を醸し出しました。内側の横溝はストレートグルーブを突き抜けるかたちにして、排水性の高さを感じるようにしています」
「結果として、非対称パターンが明快になりました。もともとミシュランの非対称パターンはモータースポーツからのフィードバックで生まれたもの。それを視覚的により感じていただけるデザインになっています」
ちなみに従来のパイロットスポーツ4では、内側の横溝がストレートグルーブの手前で止まっていた。それを延ばしたのは、必ずしもウエット性能のためだけではないという。
「パイロットスポーツ4よりも視覚的な要素を減らし、デザインの完成度を高めるためにも、横溝とストレートグルーブをつなげたいと考えました」と清井さん。こうしたディテールにまで、性能とデザインの両立を追求する。タイヤのデザインとは、なるほど奥深いものである。