自動車業界100年に1度の変革の時代にホンダが次に取組むeVTOLとは…本田技術研究所 新モビリティドメイン統括フェロー 川辺俊氏【インタビュー】

自動車業界100年に1度の変革の時代にホンダが次に取組むeVTOLとは…本田技術研究所 新モビリティドメイン統括フェロー 川辺俊氏【インタビュー】
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自動車業界100年に1度の変革の時代に、さらにこの先の10年を見据えた新しいモビリティであるeVTOL(electrical Vertical Take Off and Landing:電動垂直離着陸機)をコアとした新たなモビリティエコシステムの開発がホンダから発表された。

なぜeVTOLなのか、ホンダが取組む理由と事業の可能性について、本田技術研究所 先進技術研究所 新モビリティドメイン統括 フェローの川辺俊氏に聞いた。

川辺氏は、11月26日開催の連続オンラインセミナー 【連続セミナー】中西孝樹の自動車・モビリティ産業インサイトvol.1 ホンダに登壇し「eVTOL(電動垂直離着陸機)をコアとする新たなモビリティエコシステムの創造」をテーマに講演予定だ。

---:まず、eVTOLというモビリティに取組むことになった背景を教えてください。

川辺氏:ご存知の通りホンダは、創業以来50年以上にわたり四輪・二輪・汎用などの製品を開発し、お客様にお届けすることで事業をおこなってきましたが、数年前からCASEあるいはEV化の波が押し寄せており、現状のビジネスを続けるままでは企業としての存続は厳しいのではないか、ホンダもこのまま同じことをしていたのでは生き残れないのではないかという危機感を感じてきました。

我々自身が考えるホンダのアイデンティティとは、本田宗一郎が自転車にエンジンを付けて、みんなに喜んでもらったことが原点です。世の名にない技術やアイデアでモビリティを生み出して、お客様に喜んでもらうことがモチベーションです。そのアイデンティティは変えることなく、どうしたら生き残っていけるのか、ということをよく議論してきました。

もう一つは当社の組織改革があります。四輪や二輪の量産車開発機能が本社機能に統合されました。重大な市場の変革期に際して、事業性を改善し、利益をきちんと出せるようにするため、意思決定を滞りなく行うための組織改革です。

そうやって現業の立て直しに集中する態勢作りが進むなかで、では10年先の事業はだれが考えるのか。これまでの基礎研究所には、研究内容に将来の事業性はそれほど求めず、ユニークな研究をやらせてもらえるおおらかな雰囲気がありましたが、その時から我々(基礎研究所)は大きくマインドチェンジしました。ホンダの従業員と会社を支える将来の事業を本気でつくるのは、自分たちしかいないと決意しました。

お客様に新しい移動の価値を提供して、「ホンダのおかげでこんな便利になった。ありがとう!」と言っていただくことが我々のビジョンです。お客様にそう言っていただけるためにも本物、すなわち研究だけでなく、社会実装までしてお客様に届けないといけない。そういうビジョンでこの研究をやっています。

自動車業界100年に1度の変革の時代にホンダが次に取組むeVTOLとは…本田技術研究所 新モビリティドメイン統括フェロー 川辺俊氏【インタビュー】自動車業界100年に1度の変革の時代にホンダが次に取組むeVTOLとは…本田技術研究所 新モビリティドメイン統括フェロー 川辺俊氏【インタビュー】

「Honda eVTOL」垂直離着陸用の固定型ローターと、推力用の固定型ローターが確認できる

---:そういった経緯で、他にもいろいろなモビリティの選択肢があったと思いますが、なぜeVTOLを選ばれたのでしょうか。

川辺氏:弊社では海外に出張するメンバーが多いのですが、その中で感じていたことは、例えばアメリカ国内の飛行機の乗り継ぎで何時間も足止めをくらったり、逆にロサンゼルスなど空港周辺が渋滞していてなかなか近づけなかったり、都市間の移動についても、アメリカの空港はキャパオーバーしているところが多くて、移動のストレスを強く感じていました。

こういう問題を何とかすべきだと我々自身思っていましたが、そんな中でUBER Elevateやその他ベンチャーが提言していたeVTOLのコンセプトに共感したということがあります。

お話したように我々はあくまでもホンダの次の事業を創ってゆきたいという思いがあるので、eVTOLの将来の市場規模は重要なファクターです。eVTOLによる新たな空のモビリティについては、当社の企画部門の市場規模予測では、現在の自動車業界の市場規模が200-300兆円であるのに対し、eVTOLの市場規模は、2050年頃には約30兆円に達すると予測しています。そのほかの調査会社等では100兆円以上と予測している所もあります。ホンダの次の事業を本気でつくっていくという目標を定め、研究リソースを投資してゆくにあたっては、十分なマーケットポテンシャルがある事が重要だと考えています。

---:ホンダのeVTOLに対して、Jobyのようなチルトタイプや、Volocopterのようなマルチコプターなど、いろいろな形態がありますが、なぜ今のeVTOLのようなコンセプトになったのでしょうか。

川辺氏:まず、お客様のニーズから機体に求められる要求を抽出するために相当時間をかけました。その結果、移動に関しては、都市内移動や空港シャトルなど、100km以内の短距離だけでなく、400km以内の中距離の都市間移動に大きなニーズがある事がわかりました。

その位の距離を移動するためにはある程度スピードが出る機体でなくてはなりません。たとえばマルチコプターでは、構造的にあまりスピードが出せません。またバッテリーだけでは十分な航続距離が得られず、ハイブリッドという選択になりました。

次に、飛行の安全性を保障する型式認定を考慮した機体設計が必要です。ホンダジェットとジェットエンジンでFAA(Federal Aviation Administration 連邦航空局)の認定を取った経験から、安全性を特に考慮しています。安全性については非常に多くの観点から検討する必要がありますが、例えばどこか一つのローターなどが破損した時の対応策などもその一つです。

ローターを含め、機体のどこかに何らかのトラブルが発生した場合でも、地上にきちんと降りられるように設計することが求められます。VTOL機(垂直離着陸機)であっても、いざという時には滑走路にも着陸できるように揚力を発生する翼とランディングギアを持ったコンフィギュレーションとしています。

また、回転するもの(ローター)については配置などにも注意が必要です。例えばローターが破損したときに、その一部が飛散して他の部分が連鎖的に壊れてしまったり、人に危害を加えてしまう事が無いように考慮された設計としなければなりません。

それから、ローターがチルトする方式ではないという点も特徴の一つです。コンフィギュレーション検討時には、チルトローターも含めて様々な観点から検討しましたが、最終的にこのコンフィグレーションとなりました。

そして動力源についてです。まずバッテリーについては、もっともクリーンかつシンプルで魅力的ですが、液体燃料に比べると、現状数十分の1しかエネルギー密度がありません。空を飛行する乗り物にとって、重いという条件は致命的です。しかも液体燃料は、燃えると空になって軽くなっていくという素晴らしい特性があります。

ホンダとしては、2040年に四輪車をEV化にするという目標を掲げていますので、バッテリーについては多くのリソースをかけて研究していますが、バッテリーの能力が、この先の10年や20年でエネルギー密度が今の10倍のオーダーになり、航空機で十分な航続距離を飛べるようになるのは難しいのではないかと考えています。

もうひとつ、我々は自動車でEVを開発している経験から、バッテリーの電力は飛行以外にも多く使われる事を経験しています。例えば、気温の低い上空でも機内の温度を快適に保つことが必要ですし、また、バッテリーそのものも暖めたり冷やしたりしなければなりません。

さらにアビオニクス(航空機飛行のための電子機器)のために相当の電力が必要です。これらのことを考えると、バッテリーの容量のうち飛行に使えるものは相当少なくなるのではないかと思います。FAAの規定ではリザーブといいますが、何かがあってもちゃんと緊急着陸できるように、一定のエネルギーを非常用に確保しておくことも求められます。

---:ガスタービンは、いわゆるシリーズハイブリットですか。

川辺氏:そうです。一段のシンプルなガスタービンと、F1の技術を使って開発したジェネレーターの組み合わせですね。

---:それは主に軽量なことが理由ですか。

川辺氏:そうです。研究の初期段階では、レシプロエンジンとハイブリッドカーのモーターを組み合わせたパワーユニットも試作し、テストもしてみたのですが、ホバリングをした時に対地速度がないので、ラジエーターなどの水冷装備が必要になり重くなってしまいました。そういった経験を経て、エネルギー密度が非常に高いガスタービンのハイブリットを選択しています。

---:ガスタービンは発電機としての性能は良いのでしょうか。

川辺氏:それもありますし、手持ちのコア技術が使えることも大きなポイントです。ホンダは自動車会社ですが、ジェットエンジンの技術を持っていますし、F1のパワーユニット開発の経験もあります。さらにEVやいろいろなハイブリットシステム、世界初のレベル3の自動運転車を上市したことなど、今までの経験値を生かせば、ホンダにしかできない、ベンチャーとは違う世界が開くことができるのではないかとも思っています。

自動車業界100年に1度の変革の時代にホンダが次に取組むeVTOLとは…本田技術研究所 新モビリティドメイン統括フェロー 川辺俊氏【インタビュー】自動車業界100年に1度の変革の時代にホンダが次に取組むeVTOLとは…本田技術研究所 新モビリティドメイン統括フェロー 川辺俊氏【インタビュー】

---:このeVTOLのユースケースについて、御社としては具体的にどのような市場をイメージしていますか。

川辺氏:交通管制やヘリポート等のインフラ整備には時間がかかるので、それらがまだ十分でない初期段階では、ヘリコプターの置き換えとしても考えています。

現在のヘリコプターがなぜ普及しないかというと、安全性と騒音の2点が大きな理由と考えています。残念ながら今でも時々事故が起きていますし、騒音については、例えばニューヨークのマンハッタンにあるヘリポート等では、騒音が大きすぎて運航が絞られてしまっています。

ハイブリッドeVTOLであれば、ヘリコプターのような大型のローターではないので騒音も小さいですし、安全性についても、エアラインで飛ぶ航空機と同等の低い故障率が要件として設定され、開発しています。次世代ヘリコプターとして、エアラインと同等の安全性能なら皆さんに躊躇せず乗っていただけると思っています。

---:安全性に関して、通常のヘリコプターと比べてどのような違いがあるのでしょうか。

川辺氏:ヘリコプターはエンジンとローターが機械的に繋がっており、そのなかで一か所でも壊れたら致命的な事象に繋がってしまいます。でもeVTOLは、ローターが複数個ついていて、それが機械ではなく電線で繋がっています。1カ所が壊れても、残りのローターで飛行できること、冗長性と言いますが、この点が大きなポイントです。

---:なるほど。そのほかに実現に向けての課題はありますか。

川辺氏:ドローンやeVTOLが空を飛ぶためには、UTM(※Unmanned Traffic Managementドローン運行管理システム)、すなわち自動的にトラフィックマネジメントをする仕組みが必須です。これは今、アメリカやヨーロッパなど世界各地で議論されていますが、空のトラフィックマネジメントは安全保障の一部であり、国家機密に関わるので、各国独自で仕組み作りが進んでいる傾向が強いです。

2030年では実用化が遅いという意見もありますが、新しい飛行モビリティであるeVTOLの安全性を証明して型式認定を取得するにはそれなりの時間がかると思っています。さらに多くのeVTOLが飛び回るようになるには、UTMが世の中に実装されてからになりますので、現実的に考えると2030年はそれほど遅いとは考えていません。

普通の固定翼飛行機でも認定を取るのに相当な時間がかかりますが、eVTOLが街中を飛ぶための認定取得は、さらに難しいチャレンジであると考えています。事業として取り組むには、認定を必ず取得しなければなりません。

---:実用化イメージとしては、都市間移動よりもヘリコプターの代替が最初ですか。

川辺氏:我々の認定がいつ取れるか、その時のトラフィックマネジメントがどのくらい完成しているかによります。もしかしたら画期的なバッテリーを誰かが発明するかもしれないし、逆にトラフィックマネジメントの議論に思った以上に時間がかかるかもしれません。認定も思った以上に時間がかかるかもしれません。

ですので、プロジェクトの進め方としては非常にロバスト性が高く、変化が起こったときにも柔軟に対応できる進め方を重視しています。

---:バッテリーの進化を見越して、バッテリー型のeVTOLという選択肢はありませんか。

川辺氏:バッテリーがどれだけ進化するか分かりませんが、飛行機と同等の安全性を確保するためには実績が必要なので、実際にeVTOLに搭載されるまでには、発明されてからさらに数年以上の期間がかかると思います。バッテリーの進化を待って商売できない、となるよりは、手持ちのものを使って早くお客様に価値を届けてバッテリーの進化に対応できるような戦略を考えていきます。

---:モビリティオペレーターにモビリティとしてeVTOLを提供するのか、あるいは御社自身がサービサーになるという可能性はありますか。

川辺氏:これはまだ未定です。これは非常に難しいところですが、事業としてどのような形が最適なのかということを検討しています。eVTOLをコアとしたエコシステムの設計ですね。これがもうひとつの大きなチャレンジです。

極端なことを言うと、自分たちでeVTOLを製造するかどうかも決めていません。自分たちの手で素晴らしいeVTOLを生み出したい、とは思っていますが、工場を作って生産するか、というとそれはまた別の話です。業種は違いますが、例えばアップルやアマゾンは、まさしくサービスで事業をしています。ホンダが生き残っていくためには、我々のコアであるモノつくりを活かしながら、さらに拡げて全体エコシステムを把握しサービスを売る会社にならなければならないと思います。

---: eVTOLも、例えばFoxconn(フォックスコン)のようなところに作ってもらう、という可能性も含めて検討しているということでしょうか。

川辺氏:そういう可能性もあるかもしれません。先日のeVTOLの発表会のときにも提示しましたが、機体をきっちり作ることと、エコシステムをつくること。それにはそういう可能性もあわせて検討するという意味なのです。

川辺氏が登壇する、11月26日開催の連続オンラインセミナー 【連続セミナー】中西孝樹の自動車・モビリティ産業インサイトvol.1 ホンダはこちら。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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