【マクラーレン セナ 海外試乗】その名に恥じぬ、究極を超えた異次元マシン…西川淳

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マクラーレン セナ
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マクラーレンセナ。クルマ好き、レース好きにとっては、堪えられないネーミングだろう。音速の貴公子アイルトン・セナがマクラーレン・ホンダを駆って見せつけたパフォーマンスの数々は、特にアラフィフ世代以上のクルマ好きにとって、“F1の思い出”の真ん中にある。

日本人のクルマ好きとしては、本来ならホンダがスーパーカー『NSX』の最高性能グレードとして、GT500ルックスの世界限定マシンを“タイプRセナ”とか名付けて出してくれていたらなぁ、なんて思わずにはいられない。

それはさておき。マクラーレンが『セナ』という名前の世界限定500台のハイパーカーに期待したのは、「サーキット走行をメインに据えたロードカー」だった。セナという名前を与えたからには、A・セナというドライバーがそうであったように、ひとたびサーキットを走ればそこで妥協はしない、という境地を目指したと言っていい。

マクラーレンセナは、英国マクラーレン・オートモーティヴが用意する三段階のミッドシップロードカーシリーズ、下から順に“スポーツシリーズ”(540C、570S、600LT)、“スーパーシリーズ”(720S)、“アルティメットシリーズ”(過去にP1)、のなかで、アルティメット=究極、に属するモデルだ。ベース価格でおよそ1億円という高額車両であったにも関わらず、世界500台限定ということも手伝って、2018年3月のワールドプレミアを前にオーダーリストは埋まっていた。

◆並みのレーシングカーでは及ばないスペック

『P1』とはコンセプトがまるで違っている。P1は、超高性能ながら日常利用もかなり意識したプラグインハイブリッドのハイパーカーだった。

対してセナは、ロードカーとして必須となる様々な規制や基準をぎりぎりクリアしたというだけで、その他は限りなくレーシングカーに近い。なるほど、伝説のレーシングドライバーの名を冠するに相応しい仕立てとなっている。

ハイブリッドシステムを外したうえで、さらに徹底的なダイエットを試みた。そして、サーキット走行に有効なエアロダイナミクスを惜しみなく取り込んでいる。結果、その出で立ちからはロードカーらしい雰囲気などほとんど失せてしまった。

第三世代のCFRPモノコックキャビン“モノゲージIII”の前半部分こそP1と同じ構造になっているが、二重構造となった後半部分にはロールゲージが埋め込まれ、ボンディングも随所に追加されて、マクラーレンのロードカー史上、最強のキャビンが完成した。

キャビンの背後には、4リットルV8ツインターボエンジンが搭載されている。800ps&800Nmというピークパワー&トルク値は、並のレーシングカーではアシ元にも及ばない。

とはいえ、パフォーマンス面で注目すべきは、レーシングカーと同様、単なるパワースペックではなく、空力とシャシー、そして軽さである。

空力性能の高さは、フロントとリアにアクティブ機能を備えたエアロデバイス満載のその姿から、容易に想像できることだろう。250km/hで最大800kgに達する(レースモード)、というダウンフォースを得る。

シャシー性能では、進化したレースアクティブ・シャシー・コントロールIIにより、四輪それぞれの車高やダンピングを状況に応じて最適制御する。リアアクティブウィングを最大限に活用したモータースポーツ由来のブレーキングシステムも心強い。

そして、何より車体の軽さに驚いてほしい。車重、およそ1200kg。800psのエンジンを積むということは、パワーウェイトレシオは、驚愕の1.5kg/ps、だ。

◆これまでに乗ったどんなスーパーカーとも違う

マクラーレンセナのプレス向け国際試乗会は、A・セナがF1GPで初勝利を飾った所縁の地、ポルトガルはエストリル・サーキットで行なわれた。

ジャーナリストひとりひとりの名前が入ったロッカールームで、サーキットの正装に着替える。ハンスまで装着しろ、というから、本格的だ。運動不足でだらしなくたるんだ自分の身体に文句を言いながらも、とりあえず着替えてしまうと、自然と緊張感も増してくる。

セナのスパルタンなコクピットに座り、頭上のレースボタンを押そうとしただけでもう息があがってしまった。シートを前後に動かせば、シフトボタンの収まったカーボン製の小さなボックスも一緒に動く。カーボンシートに固定されているのだ。レーシングスーツを着ているからさほど硬くは感じないものの、普段着なら、カーボンにクッションを貼付けただけのようなシートはなかなか硬派な座り心地であるに違いない。

ピットレーンをゆっくりと走らせている間はレーシングカー的な硬さよりむしろ、メカニカルグリップによる動きのしなやかさに感心した。意外にガチガチなクルマじゃないな、と、少しだけリラックスしてコースに進入、何気なくアクセルを開けてみれば、その途端に再び緊張感はマックスに。容赦なく爆音に包まれたかと思うと、リアを激しく振りながら、まるでプラスチックの塊の中にいるかのように前へと弾け出たからだ。

これは難敵だ。クルマのことをもう少しじっくり感じてみようと、低速を保ったまま、前後左右に振ってみる。その動きの鋭さと軽やかさに驚いた。そこから右アシにちょっと力を入れるだけで、車体が即座に反応し、グワッと前へ飛び出す。自分で抱えることさえできるんじゃないか、と思えるほど、動きは軽い。それでいて、車体の隅々にまで、こちらの意識が届いている実感もある。

加速フィールが、これまでに乗ったどんなスーパーカーとも異なっている。速さを恐ろしく感じる。それでも車体は風が身体を抜けていくようにすこぶる安定しているというのだから、得体の知れない乗り物に乗っているような錯覚にさえ陥る。

もちろん、不用意にアクセルペダルを踏み込めばすぐさまテールが暴れだすから、右足の扱いにはくれぐれも慎重さが必要だろう。もっとも、そこは優秀な制御システムが最後には助けてくれるはずなので、多少は安心して踏み込んでも良さそうなものだが。

◆数値では比較できないセナの特別さ

ステアリングの厳格さも素晴らしい。両手の動きに併せて間髪をいれずに腰ごと動く。それも、車体が路面に低く張り付いたままだ。速度の低いうちはまだしも問題なかったが、慣れてくるに従って速く曲がれるようになってくると、だんだん腕が辛くなってきた。ダウンフォースがより効いた状態で速く曲がっていこうとすれば、それなりに腕力が必要になってくるからだ。鍛えておけば良かった、と走りながら思っても、もう遅い。後悔、先に立たず。

アクセルペダルを踏み続けると、シュノーケルを通じて金属的な吸気音が頭上へ降り注ぐ。排気音よりも吸気音が好きな筆者には、これ以上ない演出だ。いちいち腹に響く強烈にダイレクトなアップ&ダウンシフトもロードカーとはまるで異次元。

何よりブレーキ性能にも驚愕、文字どおりアゴが外れそうになった。かの有名な高速ターン“パラボリカ・アイルトンセナ”を4速で抜ける。そのまま1km弱のストレートを駆けると、いとも簡単に260km/h以上へ達した。隣で見守る慎重なインストラクターの指示に従って早めにブレーキを踏みつけたならば、リアウィングあたりをガツンと引っ張られたような感覚があった。ウィングがそそり立っている。気づけば1コーナーのうんと手前で停まってしまい、もう一度、最終コーナーに向かって加速するという、なんとも格好のつかない事態に。ブレーキペダルをガツンと踏むと、その向こうにもう一段激しく制動する領域があるのだった。

800馬力超級のロードカーには乗り馴れているつもりでいた。パワーウェイトレシオ1のメガワットスーパーカーを全開で走らせたことだってあるのだ。それでもなお、セナの特別さは際立っていると思った。

正に、最高出力の数値だけでは比較できない、ロードカーとレーシングカーとの間にある大いなる隔たり=空力やシャシー、が、そう思わせたといっていいだろう。

西川淳|自動車ライター/編集者
産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰して自動車を眺めることを理想とする。高額車、スポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域が得意。中古車事情にも通じる。永遠のスーパーカー少年。自動車における趣味と実用の建設的な分離と両立が最近のテーマ。精密機械工学部出身。

《西川淳》

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