新型 アテンザ でマツダの付加価値拡大戦略は成功するか…井元康一郎

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マツダは、新型アテンザのプロトタイプ車両を国内初公開した
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  • 新型マツダ6(アテンザ)ワゴン
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  • マツダ・マツダ6セダン/日本名:アテンザセダン(モスクワモーターショー12)
  • 新型マツダ 6 セダン(日本名:アテンザ セダン)
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■環境性能、デザインで注目浴びた新型アテンザ

8月末のモスクワモーターショーでヴェールを脱いだマツダの新型ミディアムクラスセダン/ワゴン『MAZDA6(日本名:アテンザ)』。4期連続で最終赤字を計上するなど、剣ヶ峰の状況が続く同社にとって、先に発売したSUV『CX-5』とともに経営の立て直しを実現させるうえで、きわめて重要な役割を担う戦略モデルだ。

簡素な排出ガス浄化機構でユーロ6に対応可能な新世代クリーンディーゼルをはじめとする新世代エンジン群と変速機、ブレーキ時に発電を行う減速エネルギー回生システム、2リットルモデルで1300kg台という軽いウェイト等々、マツダの持てるテクノロジーを多数投入している。また、内外装のデザインは多くのカーデザイナーの注目を浴びた。

「マツダさんが昨年、東京モーターショーにマツダ6のデザインコンセプトを示す雄(TAKERI)というコンセプトカーを出品しました。果たして量産車にどのくらい反映されるものやらと思っていたら、ほとんどそのままのイメージで出てきたのには驚きました。肉食系デザインが山のようにある欧州でも存在感を示せるくらい強いテーマ性を持ちながら、欧州車とは明確に異なる独自のテイストを持っていると思う。グローバル市場では販売台数ではともかく、イメージリーダーとしては強敵になるかもしれない」

国産メーカーのある外装デザイナーはマツダ6のデザインをこのように高く評価する。ライバルメーカーのデザイナーにマツダ6のデザインの印象をたずねると、「アクセラ、CX-5、アテンザと、デザインの意図と実物の一致度が高くなってきたように見える」「質感がとても高く見える」「こんな作りにくそうな形をよく量産する気になったものだ」などといった答えが返ってくる。

■工作精度ではなく性能を保証。アテンザ、CX-5からデミオまで

そのマツダ6の見どころは、クルマそのものだけではない。マツダはここ数年、工場における生産のあり方を根本から変更してきた。その新しい生産技術によって、マツダ6は作られているのだ。

7月、マツダはCX-5やエンジンを生産する本社・宇品工場をマスメディアに公開した。新しい生産システムが導入されたラインは、同じ物を効率的に大量生産することより、多品種を少量生産したときにコストアップにならないことを主眼としたものだ。たとえばエンジン生産だが、1.3リットル直4、2リットル直4、2.2リットル直4ディーゼル、3.7リットルV6を同じラインで製造できるよう設計されていた。生産スピードは単一機種に最適化されたものに比べると遅いが、機種が増えても即座に生産準備が可能で、設備投資も最小ですむのだ。

エンジン生産ラインでもうひとつ興味深かったのは、品質についての考え方だ。マツダの生産担当は語る。

「現在のエンジン生産ラインでは、工程の区切りごとに、設計通りのスペックが出ているかどうかを全数検査しています。品質といえば通常は、ある程度の誤差の範囲内で工作されたという作業を保証するものですが、マツダの新しいやり方は、精度ではなく実際の性能を保証するというものです。スカイアクティブで燃費性能をうたっているのに、個体差でお客様をがっかりさせてはいけないと考えて、そうしたわけです」

この検査は組立の途中、いろいろなポイントで行われる。たとえばエンジンを粗組みした段階で計測にかけ、圧縮比の微妙なズレから吸気、排気ポートの空気の流量、流速などを測ってスペックを満たさないものについては徹底調整を加える。また完成したエンジンの試運転のさいには、通常運転でエンジンを回すのではなく、巨大なトルクを持つエンジン回転用のモーターで回す。普通なら燃焼音でかき消されてしまうような小さな異音も見逃さずにすむのだという。検査項目はエンジンだけで実に500項目にも及ぶという。

こうしたエンジンの性能実測検査はもともと、顧客満足度を極限まで追求する必要がある高級車作りの技法だ。メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ、レクサス、ないしはフェラーリやマクラーレンといったスーパースポーツカーなどが例として挙がる。

金井誠太副社長は「性能保証というクルマ作りのポリシーを、上位モデルに限らず、将来的にはすべての車種に展開していくつもりだ」と語る。現在、CX-5などの高額車だけでなく、ベーシックカーの『デミオ』の1.3リットルSKYACTIVについても同様の検査が行われ、またスカイアクティブでない普通のエンジンについても、オープンカーの『ロードスター』用2リットルをはじめ、すでに性能保証生産が適用されているものもあるという。

■マツダの悲願、付加価値拡大戦略のゆくえは

もちろんこうした検査は、コストアップ要因になりかねない。あるトヨタ幹部は「ウチもトヨタブランドではそこまでやっていない。マツダさんくらいの生産規模だから可能なのかも」と語るが、マツダにとっても決して安くすませられる方法とは言えない。

マツダが丁寧なクルマ作りを徹底させるのは、将来的にマツダ車、あるいはマツダブランドそのものが持つ付加価値を高めたいという思いがあるからだ。付加価値拡大への取り組みは、リーマン・ショックが起こる前からフォードとの蜜月に微妙な変化が起こりつつあったことを敏感に感じ取っていた井巻久一前社長の肝いりで進められてきた。販売台数をある程度犠牲にしてでも値引き販売を抑制し、中古車価格を維持するなど、バリュー向上を図ってきたのだ。

山内孝社長は「目標は2016年に170万台。マツダ6より上のクラスは作るつもりはない。セダン系ではDセグメント車(全長4.7~4.8m程度)がウチのフラッグシップ」と言う。長期的には大型のボディで後輪駆動の高級車作りではなく、同じボディサイズながら普通のクルマより高く買ってもらえる、俗に「プレミアムC」「プレミアムD」などと呼ばれる高付加価値モデル作りに活路を見出すことになりそうだ。

そのチャレンジの先行きは長い。クルマ作りひとつとっても、機械的なスペックや品質向上への熱意はともかく、マツダ自身がグローバル市場でプレミアムカーに本格挑戦した経験を持たないため、クルマをどう作ればユーザーにプレミアムカーと認識してもらえるかというノウハウが薄い。

たとえばCX-5の標準内装を見ると、インパネやダッシュボードなど、いろいろな部分が非常に良くデザインされている半面、シート地、トリム地はきわめて質素な材質、触感のものが使われている。超円高への緊急対応のためにコストダウンを強いられたという側面もあるが、たとえば1万円のものを5000円にして5000円を浮かすのではなく、1万5000円のものを使って10万円高いクルマに見せるといったプレミアムモデル作りの手法は、マツダにとってはどちらかといえば苦手科目だ。

実際、現時点では、マツダにそれだけのブランドイメージは到底ない。現行マツダ6にしても、北米での販売価格でみれば、プレミアムDのアウディ『A4』とは販売価格が1万ドル近くも違う。圧倒的なブランドバリューの格差だ。

が、歴史を紐解いてみると、アウディとて平成初期の頃までは、本国ドイツでも「空力は良いがムダに高いだけのフォルクスワーゲン」程度にしか思われていなかった。アウディを高級車ブランドにするという方針をフォルクスワーゲングループが打ち出したときには失笑を買ったくらいだったが、20年近くの歳月を経た今、アウディは押しも押されもしない“ドイツ御三家”の一角を占める存在となった。

プレミアムブランドの創出は非常に難しいことだが、不可能ではないのである。マツダは輸出比率が突出して高く、円高でも利益の出る体制を確立する場合、付加価値拡大は不可欠な条件でもある。

マツダ6は、そんなマツダのトライの序盤戦を占う試金石的なモデルと言える。歴史的な名声や技術評価はそれなりにあるもののバリューの面では凡庸なレベルに甘んじるマツダ。今すぐアウディ並みとまでは行かずとも、果たして“プチ高級”ブランドに脱皮できるか。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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