遅延防止と人身事故防止、チャレンジとリファイン |
パリ地下鉄1号線といえば、凱旋門やシャンゼリゼ通りの真下を走ることから、乗ったことのある読者は多いと思う。総延長は16.6km、1日あたりの乗降客数は72万5000人で、パリ交通営団(RATP)が運行する地下鉄14路線中最多である。
その1号線で今、リニューアルが進められている。まずは東京でも進められているホームドアの設置だ。RATPは、1998年から2007年に順次開業した14号線を皮切りにホームドアの設置を進めているが、09年3月からは1号線でもホームドア工事を開始した。11年春までに全25駅の設置完了を目指している。
遅延の7割は利用客に原因があるとするRATPは、ホームドアの設置で運行スケジュールの円滑化を向上させるという。
彼らが第一に目指しているのは駆け込み乗車による遅延の抑制だろうが、人身事故防止も充分に視野に入れていることは間違いない。少々古いデータだが、パリ地下鉄では02年に4日に1人の割合で自殺が起きたという。近年、郊外行き電車RERで人身事故が増加していることからして、RATPも同様の悩みを抱えていることは確実だ。
しかしもっとも驚くべきは、RATPが1号線の自動運転化も進めていることだ。現在、1号線には案内軌条とゴムタイヤで走る車両が使用されている。RATPの計画では自動運転可能な新型車両を49両導入、6月から順次営業運転を開始し、12年末までに全車両の完全自動運転化を目指す。
RATPは自動化のための費用として、地上インフラに1億5000万ユーロ(約169億5000万円)、車両代金に4億7900万ユーロ(約541億2700万円)を計上している。
新規建設路線の自動化ならいざ知らず、1号線の開通は1900年のこと。前述のゴムタイヤ化を試みたときもそうだったが、歴史110年前の欧州でも屈指の古い地下鉄で、最も先進的なリニューアルにチャレンジすることになる。
前述のように、パリ一の乗客をいかに運ぶかという課題があるとはいえ、古いインフラを壊さずリファインして使ってゆくのは、建築にみられるのと同様、ヨーロッパらしい手法といえる。
それにあわせ、小さなことでは駅ホームの椅子も新型に順次改めている。新型は、ボクのように身長の高くない者が深く座り込むと、ふたたび立つのに少々バランスをとる必要があるが、けっして悪い座り心地ではない。同時に客が横に寝転がることを防ぐのもデザインに盛り込まれていると思われる。大都市の公共施設のデザインは、盛り込む課題が多い。
蛇足ながら思い出すのは、パリを舞台にした01年映画『アメリ』だ。主人公が憧れる男性の趣味は、駅のスピード写真機(フォトマトン)の下の隙間に捨てられた、他人の証明写真を描き出しては集めることだった。人間関係に飢えた大都会パリを無言のうちに語るシーンだ。
だが、現実のパリ地下鉄駅に設置されたフォトマトンの下は、どれもしっかりとコンクリートで塞がれている。写真機本体を持ち去るといった荒手の犯罪対策なのはわかるが、映画のファンタジーまで塞がれてしまった気がして、見るたび少々寂しくなる筆者である。
大矢アキオの欧州通信『ヴェローチェ!』 |