【MINI 50周年】その半世紀に及ぶ歴史を振り返る

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1959年にMINIが誕生してからちょうど半世紀。21世紀に入って新型に生まれ変わったMINIだが、一つのモデルがこれほど長く、多くの人に愛され、新しいファンを獲得している例は他にないだろう。ここではその50年の歴史を、いくつかのエピソードと共に振り返ってみよう。

◆「自動車工学の奇跡」は一片のナプキンから始まった

BMC社(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)が「オースチン・セブン」、「モーリス・ミニ マイナー」という双子車を発売したのは1959年8月26日。開発コードネーム「ADO15」と呼ばれたこのクルマこそ、初代Miniだ。1962年からオースチン・セブンも正式にMiniを名乗るようになる。

「燃費が良く、経済的で、大人4人が乗れること。ただしエンジンは既存のものに限る」。そんな無理難題とも言える開発条件をクリアするため、チーフエンジニアのアレック・イシゴニスが採用したのは、当時珍しかったFF(フロントエンジン・フロント駆動)。しかも、もともとあったFR用の直4エンジンを横置とし、トランスミッションをその下に配して一体化。さらに10インチの小径タイヤを全長3050mm、全幅1390mmという小さなボディの四隅に配して、見事に全ての条件をクリアした。

ちなみに「伝説」によれば、クラシックMiniの初期アイディアスケッチは、イシゴニスがコートダジュールのホテルでジンをちびちび飲みながらナプキンに手描きしたものだという。何よりも自由な発想を重んじ、数字を嫌ったというイシゴニスらしいエピソードだ。


◆「ミニ」スカートとビートルズの時代

大衆車として誕生したMINIだったが、その斬新で機能的なクルマに飛びついたのは、むしろ新しいモノに敏感な人々だった。さらにその革新性は1960年代のカウンターカルチャーと共に、「時代」や乗る人の「個性」を象徴する存在となって行く。それはちょうどMINIが生まれた年、英国のファッションデザイナーであるマリー・クワントが“発明”した「ミニ」スカートと同じだった。

音楽との関わりで象徴的なのが、ビートルズのメンバーが当時アビイ・ロードのレコーディングスタジオに通うためクラシックMiniを愛用したというエピソードだ。それはスタジオの駐車スペースが狭かったからだとも言われるが、ジョン・レノンは免許を取る前にMiniを購入し、リンゴ・スターはMini クーパーを愛用し、ジョージ・ハリスンは独特のペイントを施した「サイケデリック Mini」を作った。

MINIを愛したのはビートルズだけではない。デヴィッド・ボウイやエリック・クラプトン(ジョージ・ハリスンからの借り物と言われる)、「ミニ」スカートブームの火付け役となったモデルのツィッギー、ファッションデザイナーのポール・スミス、俳優のピーター・セラーズ、クルマとバイクを愛したスティーブ・マックィーン、映画「ミニミニ大作戦」(1969年)のマイケル・ケイン、そして最近では歌手のマドンナまで、多くのミュージシャンやアーティストがプライベートでMINIに乗り、時に自分を表現するための「素材」にMINIを使った。


◆幻のモンテカルロ4連覇

1964年、Miniはモータースポーツにも革命をもたらした。それが今や伝説となっているモンテカルロラリーでの優勝だ。チュリニ峠を頂点とするモナコ山中の険しい道、アイスバーンの路面、そして雪という悪コンディションの中、はるかにパワフルなライバル車を相手に勝ち目は無いと思われたMini クーパー Sは、見事金星を上げる。この勝利は「速さには大排気量と後輪駆動が必須」というそれまでの常識を覆す出来事となった。

Miniはその翌年の1965年にも優勝し、前年の勝利がフロックではないことを証明。続く1966年にも圧勝したが、これは地元のオーガナイザーにヘッドライトのささいなレギュレーション違反を指摘されて失格に。リベンジを期した1967年にはポルシェ911などの強敵と死闘を繰り広げた末、3度目の優勝をもぎ取る。前年の意地悪な裁定さえなければ4連覇だった。


◆ついに新しいMINIが登場

2000年10月、41年間に約540万台、公式資料によれば538万7862台が生産されたクラシックMINIの生産がロングブリッジ工場でついに終了する。

そして翌年の2001年4月26日、新型MINIの第一号車が英国オックスフォードの最終組立工場でラインオフし、英国では7月、欧州では9月に発売された。日本でのデビューは2002年3月2日の「ミニの日」。クラシックMiniのスピリットを受け継ぎながら、BMWの手で全てがモダナイズされた新生MINIは、やがて世界75ヶ国以上で販売されるようになり、文字通りワールドワイドな人気を得てゆく。

翌年からは新しいMINIの誕生を祝うべく、1周年記念車の「1st アニバーサリー」、2周年の「2ed アニバーサリー」、3周年の「3rd アニバーサリー」を発売。2004年には4人乗りオープンタイプの「MINI コンバーチブル」も登場した。さらに2006年には特別仕様車の「セブン」「パークレーン」「チェックメイト」が人気を集める。デビューから5年目でもまったく人気が落ちないという状況は、自動車業界では異例であった。


◆第二世代に進化。そしてクラブマンや50周年記念車が登場

欧州では2006年11月、日本では2007年3月には、さらに進化したMINIが登場した。デザインの“MINIらしさ”は不変ながら、ルーフパネル以外の外装パーツが全て変更され、フロント部には歩行者保護のために丸みが付けられた。エンジンはBMWとプジョーが共同開発した新型DOHCユニットとなり、変速機は全車6MTと6ATに統一された。

2007年にはホイールベースを延長し、ボディ右側と後部に観音開きドアを備えた「クラブマン」が発売され、新たなファン層を獲得する。そして翌年の2008年には全世界で過去最高となる23万2425台の販売を達成。今年2009年にはMINI生誕50周年を記念して、特別仕様車「50メイフェア」と「50カムデン」を全世界で発売した。

なぜMINIはこれほどまでに成功したのだろうか。そこには様々な要因があるが、おそらく根底にあるのは、英国の文化や考え方、クラシックMiniへの敬意と愛情、そしてクルマに対する情熱と期待ではないだろうか。半世紀にも及ぶMINIのヒストリーは、そんなことを我々に考えさせる。
《丹羽圭@DAYS》

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