今回はイタリアの自動販売機のお話である。日本の感覚でイタリアに来ると不便なものに、「飲み物販売機の少なさ」がある。とくにこの季節ちょっと喉が渇いたとき、たとえミネラルウォーターであろうと手に入らないのは結構つらい。
イタリアも石油価格高騰に悩まされている。我が家も5月は自家用車に乗らず、バスで移動するように心がけた。ただし、節約ばかりでは気持ちもしょげる。そこでボクが「逆見直し」を図ることにしたのは「パスタ」である。
倒産寸前のクライスラーを再生してヒーローとなったリー・アイアコッカは、イタリア移民の子供である。自伝『わが闘魂の経営』の中で、子供の頃ピザのことを友人に話すと、甘くないパイなんてあるはずがないと信じてもらえなかったというエピソードがある。
ジュネーブモーターショー、昨年まで寿司などを提供していたメーカーが今年はこぞって洋食に切り替えた。「自動車メーカーの景気は、プレスデイにおける和食の数に比例する」という法則を、ボクは発見したつもりである。
ミラノ市街を巡るリストランテ市電「アトモスフェラ」である。ATMosferaとは、ミラノ交通営団の略称ATMと、ムードを意味するatmosferaをかけたものだ。使用されているのは1929年製の市電車両である。
南ドイツにホームステイしていたときのことである。ある晩、プレッツェルを食べながらテレフンケン製テレビのリモコンをいじっていた。とあるチャンネルで、女性司会者が何やら大声を上げていた。
2006年2月の冬季五輪以降、日本ではトリノの名を聞かなくなって久しい。しかし実際には、フィアットの歴史的工場を再開発した「リンゴット」地区周辺が着々と面白みを増している、というのが今回の話である。
2007年11月に出版された『ミシュランガイド東京2008』。これによると東京は世界一の美食都市になったわけだ。そこで★★★の8軒を1日で回るという新春初夢満腹企画を立案、チャレンジした。
イタリアではここのところ、FIATロゴ付きグッズが花盛りである。実はその始まりは2003年、フィアットが経営危機の真っ只中にいた頃だ。創業家の御曹司ラポ・エルカーンが、衣料品メーカーとタイアップで、FIATロゴ入りスウェットを作ってみたのである。
我が街シエナの駅から、今年から夏秋限定の観光列車が運行されることになった。その名は『ワイン列車』である。ワイナリーめぐりの1日ツアー企画だ。ディーゼルカーがトコトコとやってきた。1両である。
ヨーロッパで売られている日本紹介本には、いまだ「茶畑の中、富士山をバックに走る東海道新幹線」の写真が健在である。気の利いた本だと「300」系あたりの写真にアップデイトされているが、そうでない本は、今や懐かしい「0」系のままである。
イタリア暮らしにどっぷり浸かっていると、ゆったりした生活に快適さを感じるいっぽうで、いい加減さには疲れてくる。というわけで、ここは気分を変えて、6月は月の大半をドイツでホームステイしてみることにした。
東京・有明の東京ビッグサイトで開催された「第12回国際食品素材添加物展(ifia JAPAN 2007)」(5月30日−6月1日)で、ナットウキナーゼを懸命になってPRしていた会社があった。ホンダの子会社、ホンダトレーディング(HT)がそうだ。
イタリアでダイハツが奮闘しているが、『シリオン』(日本名『ブーン』)と『マテリア』(同『クー』)のバリエーションに、日本女性名をつけているのである。いっぽうで、こちらに住んでいると「日本のようで日本じゃない」商品に遭遇する。
イタリア車の都トリノを代表する古典車ショー&スワップミート『アウトモトレトロ』が、今年も3月9−11日の3日間開かれた。今年の目玉は「フィアット500の誕生50周年」で、もう1モデルの年グルマがアウトビアンキ『ビアンキーナ』である。