【和田智のカーデザインは楽しい】第7回…『マツダ3』は世界最高峰のデザインだ

和田智氏の手書きによるマツダ 3のスケッチ。
  • 和田智氏の手書きによるマツダ 3のスケッチ。
  • カーデザイナー和田智氏がマツダ3を語る
  • マツダ3
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連載7回目となる『和田智のカーデザインは楽しい』は、カーデザイナー和田智氏が新型トヨタ『プリウス』と並び「国産車最高レベル」と称する『マツダ3』を取り上げる。「マツダ3を語ることはいまの日本の社会を語ること」と話す真意は。

◆「美しい」は100年経っても古くならない

----:以前より、新型プリウスとマツダ3は今の国産車で最高レベルのデザインだとおっしゃっていました。プリウスについては第3回『新型プリウスは、トヨタ史上最高のデザインかもしれない』と、第4回『“プリウス・クライテリア” 新型プリウスは「謙虚さ」でできている』で語って頂きましたが、今回マツダ3を取り上げる理由や背景とは?

和田智(敬称略、以下和田):マツダは日本ではほぼ唯一、美を追求している自動車メーカーだと思います。それは前田さん(元デザイン本部長で現シニアフェロー ブランドデザインの前田育男氏)の姿勢の影響はもちろん、他の大手メーカーに比べればコンパクトなデザインチームであること、本社が広島にあることも特徴です。

僕のデザイン哲学なんですが、「“新しい”はあっという間に古くなる。しかし、“美しい”は100年経っても古くならない。」これとマツダの考え方は、合致はしないまでも、方向性は類似していると考えています。

マツダデザインは現在、日本の自動車業界、カーデザイン界の誇りです。私はリスペクトを持ってそう思っています。

しかし、時代は変わり続けています。私たちの暮らしも、そして私たちのデザインもその意味に変化が起きています。日本のものづくりの課題を挙げるとすると、それは次世代や暮らしの変化への対応だと思います。前回のテスラ(第6回『テスラ「Model 3」は良い意味で“半音”ズレている』)や今回のマツダを再考することは私にとっても、変化を考えるための良い機会です。

◆マツダは洗練されすぎている

----:和田さんから見ると、マツダのデザインはどのように映るのでしょうか。

和田:整理整頓されたヨーロッパ的な素晴らしいデザインのラインナップです。みんな似てるじゃないかという人もいるかもしれませんが、それは僕がかつてアウディ(のシングルフレームグリル)をやったときに言われたこと。本当に心地いいですよね(笑)。唯一無二、一貫して美しいクルマをつくろうとしているブランド、つくっているブランドがマツダなんです。

でもマツダから見えてくる日本の大きな課題があると思っています。マツダデザインの海外の評価は「本当に美しく素晴らしい」と、トップレベルのデザイナーたちでさえみんな口を揃えて言います。マツダの会社規模を考えると素晴らしすぎるともいえます。

ただし、日本市場においてはデザイン力とブランド力が比例しているとはいえないと思います。残念ながら、近年、日本人の美しさに対する感度は低くなった。「上品」と「気取っている」の区別がつかない国になってきているように感じます。その視点でいうとマツダは洗練されすぎている。つまり今の日本人が苦手とするところにはまっているかもしれません。

----:日本市場ではマツダ車が正しく評価されていないということでしょうか。

和田:マツダ3は海外に行くとめちゃくちゃ評判が良くて、よく売れているけれど日本ではもうひとつで、売れているとは言えないですよね。

なぜなのか。日本は自分が上がろうとしないで、自分のレベルまで降りてきてくれるものを好む時代となった”ということです。ボトムダウンしてくれるものを受け入れる方向に流されていて、憧れの対象よりも、親近感を選ぶ。その結果、日本のデザインのレベルも相対的に下がっているような気がします。

----:マツダ3が日本で売れるようようになるためには…?

和田:なかなか難しい課題です。マツダデザインが頑張っていることを無駄にしてはいけない。そこに本質があることに気づく必要があるんです。美しさというものに対して「忘れていたな」と感じてほしい。それが今回マツダ3を取り上げた一番の理由でもあります。これはまさに世界最高峰のデザインなんです。

マツダ車が売れて欲しいのはもちろんですが、日本が本来持っている、美に対する概念を大事にしようということこそが重要なんです。今の多くの日本人にとって興味があるのは、“美味しい”とか、“面白い”で、「美しい」ではないでしょう。でも「美しい」には、本質的に社会をよくする価値と意味が含まれています。マツダはその視点に立ってものづくりを行なっている。

また、客観的に見た課題として、僕が気になるポイントは、「見栄えの割に価格が安い」ことです。日本だと安い=高級ではない、になってしまう。これは、マツダのブランドの問題とものすごく関係しています。これだけのデザインをつくり上げたら、本来はレクサスレベルの値段をつけても良いかもしれない。値段が安いことで、富裕層はプレミアムとして認識してくれないんです。多分デザインと営業販売に大きな隔たりがあって、ある種の違和感を生み出しているんです。デザイン主体の強力なインナーブランディングが必要なのではないかと思います。

例えば東京・世田谷のような、メルセデスやポルシェが多い地域で、最近マツダのSUVが増えつつあります。乗っているのは、センスのいい富裕層の奥さんかな。つまりかつてのアウディですよね。だからやっている方向は間違いではなくて、ブランディングのやり方によっては一時期のアウディのようなブレークの可能性もあるのではないかと思っています。

◆メルセデスやBMW以上の「クラシック度合い」

----:世界の一級品と称するほどのマツダ3のデザインですが、具体的にどの部分を評価されているのでしょうか。

和田:前回取り上げたテスラのModel 3は基本的に、ホイールベースが長く、低重心。ボンネットは、低く短くて、キャビンをやや大きく見せることで魅力を出しているのに対して、このマツダ3は極めて古典的、クラシックなクルマです。その熟考度がものすごく高く、深い。メルセデスやBMWがやる以上にクラシック度合いを引き上げている。

----:「クラシック度合い」というのは?

和田:マツダ3のプロポーションをみると、まずヘッドライトは低め、ノーズが長く、カウルが高く、後方にずれたコンパクトなキャビンが一体化している。この一体化にクルマの大きな特徴があります。

このクルマは、見た目はFR(後輪駆動)の様ですが、FF(前輪駆動)ですよね(注:フルタイム4WDもあり)。FFにも関わらずこれだけ長いノーズを持ち、フロント、リアタイヤの位置が絶妙に良い。このフロントの長さとキャビンの関係が、クラシック度合いの高い古典的なプロポーションをつくりあげているのです。

そしてリアが絞り込まれています。後席の乗員にはそれなりの犠牲があるかもしれませんが、デザインや造形を考え直せばやや廃れ気味のハッチバック市場でも全く新しい魅力が出せるんだということが、このデザインの根底にあるんじゃないかと僕は思っています。

さらに魅力のもうひとつの要因は、非常に高い造形力です。造形・美しさに対するこだわりがあるということは、この時代にとってのアンチテーゼかもしれない。過剰でもインパクトがあればいいかな、みたいなノリの時代の中で、美しさに徹底的にこだわっていること自体が、素晴らしいことだと思っています。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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