ヒョンデ、ジウジアーロに幻のコンセプトカーの再現を依頼…2023年春発表予定

ヒョンデのデザインに大きな影響を与えたコンセプトカー

世界的な経済不況の中で量産計画は1981年に中止

デロリアン『DMC12』にインスピレーションを与えた1台

ジョルジェット・ジウジアーロ「ヒョンデからの依頼は非常に光栄」

ヒョンデの初代ポニーとジョルジェット・ジウジアーロ氏
  • ヒョンデの初代ポニーとジョルジェット・ジウジアーロ氏
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプト(1974年)
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプト(1974年)
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプトのデザインスケッチ(1974年)
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプトのデザインレンダリング
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプトのデザインレンダリング
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプトのデザインレンダリング
  • ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプトのデザインレンダリング

ヒョンデは11月24日、1974年の『ポニークーペコンセプト』(Hyundai Pony Coupe Concept)を復元し、2023年春にコンセプトカーとして初公開すると発表した。

◆ヒョンデのデザインに大きな影響を与えたコンセプトカー

ポニークーペコンセプトは、イタリアのデザイン会社の「GFG Style」、とくに創業者のジョルジェットとファブリツィオのジウジアーロ父子と協力して、ジョルジェットが制作し、1974年のトリノモーターショーでワールドプレミアされた1台だ。その後のヒョンデのデザインに、大きな影響を与えたとされている。

初代『ポニー』とポニークーペコンセプトは、小型ハッチバックEVの『アイオニック5』やコンセプトカーの『Nビジョン74』など、複数の市販車やコンセプトカーのデザインに影響を与えた車だ。

しかし、ポニークーペコンセプトは現存しない。そこでヒョンデは、ジョルジェット・ジウジアーロに依頼して、ヒョンデのデザイン哲学「Shaping the future with legacy」に基づいて、再現してもらうことを決めたという。

ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプト(1974年)ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプト(1974年)

◆世界的な経済不況の中で量産計画は1981年に中止

1974年、ヒョンデが自動車生産の初期段階にあった時、ヒョンデの幹部はジョルジェット・ジウジアーロと連絡を取り、ヒョンデ初の独自モデルであり、韓国初の市販車のデザインに携わってほしいと依頼した。

当時の韓国は、自動車のデザインとスタイリングの能力に乏しかったため、ヒョンデはジウジアーロにデザイン、設計図の作成、5台のプロトタイプの制作を依頼し、そのうちの1台がクーペだった。デザインとプロトタイプの過程で、ヒョンデは1974年のトリノモーターショーにポニーとポニークーペコンセプトを出展し、世界市場へのブランドデビューをアピールする戦略をとった。

V字形のノーズ、円形のヘッドランプ、折り紙のような幾何学的なラインを備えたポニークーペコンセプトは、北米やヨーロッパに向けて、市販を検討していたモデルだった。しかし、世界的な経済不況の中で量産直前の1981年、計画は中止された。

当時、このコンセプトカーは量産化されなかった。しかし、その大胆な精神は、1975年から1990年まで世界中で販売されたポニーの名で呼ばれるヒョンデの最初の独立生産車に直接影響を与え、韓国の自動車産業に弾みをつけるのに貢献したという。ポニークーペコンセプトは、ヒョンデのヘリテージの重要な部分であり、創業者のビジョンを象徴する車としても位置付けられている。

ヒョンデの創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)は、ポニークーペコンセプトとその後のポニーの市販車ラインアップにより、韓国の自動車産業の道を切り開いた、と自負する。彼のリーダーシップにより、韓国は戦争の苦難を乗り越えて、20世紀後半には経済大国となったという。

ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプト(1974年)ヒョンデ・ポニークーペ・コンセプト(1974年)

◆ジョルジェット・ジウジアーロ「ヒョンデからの依頼は非常に光栄」

ポニーとポニークーペコンセプトのインパクトは、今でも受け継がれている。ヒョンデは2019年、初代ポニーからインスピレーションを得て、コンセプトカー「45」を発表した。このコンセプトカーが、2年後にデビューしたアイオニック5に直接影響を与えた。

また、2021年には、初代ポニーをEVコンセプトとして再現した。そして2022年、ヒョンデは再びポニークーペコンセプトのモチーフを取り入れ、水素ハイブリッドのNビジョン74を発表している。

ジョルジェット・ジウジアーロは、「ポニーをデザインしたのは、まだキャリアをスタートさせたばかりの若いデザイナーの頃だった。これから熾烈なグローバル競争に挑む企業と国のために車づくりを任されたことに、大きな誇りを感じていた。そして今、ヒョンデから、後世のために、そしてブランドのヘリテージを祝うために、この車を再現するよう依頼されたことを非常に光栄に思う」と語っている。

《森脇稔》

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