次世代モビリティの市場展望:第一章『自動車産業が目指すカーボンニュートラルとは』

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昨年の10月26日、時の首相菅義偉は、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と述べた。これは世界の潮流であり、自動車産業の関係者にとっては非常に難しいチャレンジである。100年に一度といわれるCASEの大改革時代に突入した自動車産業は、同時に2050年カーボンニュートラルという達成困難な目標に直面しているのである。

この1年間、我が国では大きく2つの主張が対立している。ひとつは、菅前政権下で構築してきた「ガソリン車を早期に廃止して、EVに一本化する」という政治主導のシナリオ。そしてもう一方は、自動車工業会豊田章男会長が主体となって主張している、「2050年カーボンニュートラルを達成するにあたり、現時点でCO2削減技術を狭める必要はなく、様々な技術を伸ばしていくべき」という業界主導のシナリオ。

政治主導と業界主導の対立軸である。筆者の記憶では、政治が業界と対立した時、すなわち業界が政府のバックアップを得られなくなった時、その業界は衰退の一途を辿る。半導体産業がそうであったように、その業界が日本のみならず世界をリードするものであった時、業界の衰退はすなわち国益を損なうことに直結する。

我が国において、自動車産業はGDP(国内総生産)の約1割を占める基幹産業であり、550万人という膨大な雇用を有している。すなわち、自動車産業におけるカーボンニュートラルの達成シナリオは、日本の将来を左右するものであり、国民全員が状況を正しく理解した上で、自分たちにとって、より良い未来に導くために真剣に議論すべき問題と考える。

本連載では、次世代モビリティの市場展望と題して、自動車産業がカーボンニュートラルに向かう方向性を、3回に分けて解説しようと思う。

第一章:自動車産業が目指すカーボンニュートラルとは

第二章:EVによるカーボンニュートラルの実現シナリオ

第三章:エンジン車によるカーボンニュートラルの実現シナリオ

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第一章『自動車産業が目指すカーボンニュートラルとは』

1. 自動車が排出するCO2

従来の自動車は化石燃料をエンジン内で燃焼させて作動する。したがって、130有余年の歴史上、ほぼ全ての自動車がエンジン車であり、燃焼時にCO2などの燃焼ガスを排出してきた経緯がある。

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近年、「ガソリン車を禁止して全ての自動車をEVにすべき」という主張が、EV推進派あるいは環境活動家から発信されている。政治家も環境活動家に迎合するように同様のプロパガンダを行い、大手メディアもその意見に沿って報道しているように感じられる。端的に言えば、「EV専業メーカーによる政治家を巻き込んだビジネスプロモーションが大成功した」ということなのかもしれない。しかしその結果、国内における自動車産業が衰退してしまった時、政治家はどのようにその責任を取ることができようか。

事実として理解しておかなければならないことがある。それは、「EVはCO2を排出しないカーボンニュートラルな乗り物ではない」ということだ。EVは走行時にCO2を排出しないため、自動車を全てEVにすれば、「運輸部門におけるCO2排出は激減する」という説は間違いではない(図.1)。しかし、一方で、EVは人為的に発電した電気を使用するという大前提に遡れば、CO2の発生源を「運輸部門」から「エネルギー転換部門」に付け替えただけに過ぎず、カーボンニュートラルではない。すなわち、火力発電所由来の電気を使用し続ける限り、「EVは充電中にCO2を排出することになる」。よって、カーボンニュートラルではないというのが事実である(図.2)。

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このように、エンジン車、EVいずれもCO2を排出する、すなわちカーボンニュートラルではないことはご理解頂けたと思う。では、2050年までに自動車が排出するCO2をどのような手法で削減していくか、どのようなシナリオでカーボンニュートラルが実現できるのかを考察してみたい。この時に注意しなければいけないことは、既存産業が一朝一夕に変容することはあり得ない。また、人間の能力も、ある日突然スイッチ一つで変化するものではないということ。生産規模を増やす場合においても同様で、サプライチェーンの確保を前提とした計画が必要になる。「大企業が1日で倒産することはあるが、巨大な産業が1日で誕生することはあり得ない」というのが前提となる。

2035年にエンジン車の禁止というシナリオは、「エンジン車はCO2排出するもの、すなわちカーボンニュートラルを実現できないもの」であることを前提とする場合に成立するのだが、これは間違いである。なぜなら、バイオ燃料のようなカーボンネガティブな燃料を使用する場合、エンジン車であっても、カーボンニュートラルは理論上成立する。更に、燃料に水素を使用する水素エンジンの車両は、走行時(燃焼時)にCO2を排出しない。水素エンジンの排気ガスは、水蒸気すなわち水である。したがって、エンジンの技術者がCO2削減において研究開発すべきことはまだまだある事を認識する必要がある。(第三章ではエンジン車によるカーボンニュートラル実現のシナリオについて詳しく解説する)

一方、EVは“走行時にCO2を排出しない”が、充電時に火力発電所由来の電気を使用している場合、EVは“充電時にCO2を排出する”ことになる。EVは走行中にCO2を排出することはないが、充電時にCO2を排出しているということ。すなわちEVが排出するCO2は、使用する電気の由来(電源構成)に依存するということ。日本は東日本大震災以来、大多数の原発を停止しており、火力発電に依存している状況にある(図.3)。

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EVのCO2排出量の大小は、そこで充電される電気の由来、電源構成に依存する。EVを普及させることによりカーボンニュートラルを目指すのであれば、電源構成における再エネ比率の向上および原発の稼働再開が必要となる。また、火力発電所で発生したCO2を集めて地中に貯留するCCS、安全性を担保した原発の稼働、水素を利用した発電など、火力発電においても排出CO2を削減する手立てがある事を忘れてはならない。我が国は化石燃料の自給率が低くエネルギーを海外からの輸入に頼らざるを得ないのが現状であることから、EVに一本化することは、すなわち安全保障上のリスクに直結するという状況をよく考えた上での政策立案を願うばかりである。

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上記表に整理したように、自動車産業関係者の努力により達成できる課題は、エンジン車においては多数選択肢が存在する一方で、「EV一本化の政策」においては、自動車産業の範疇外であり、いわばエネルギー政策に依存すべき課題ばかりであることがご理解頂けると思う。

今月英国のグラスゴーで開催された、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)において、ガソリン車の廃止時期について討議された。結果として「2040年までにガソリン車を廃止する宣言」に、米国、ドイツ、中国、そして日本の代表は署名しなかった。すなわち、自動車産業を自国の基幹産業とみなしている各国政府は、ガソリン車の早期廃止をコミットしない考えを示した訳である。ちなみに、自動車産業に見切りをつけた主催国の英国、電源構成における化石燃料の割合が少ないスウェーデン、カナダなど、EV化による影響が少ないと思われる23カ国は署名している。

ガソリン車廃止、主要国参加せず 英の思惑外れる―COP26
2021年11月11日07時47分【時事通信】
英北部グラスゴーで開かれている国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で、2040年までにガソリン車の新車販売を停止し、全てをゼロエミッション(排出ゼロ)車とする宣言に、日本や米国、中国などの主要国は参加しなかった。合意したのは二十数カ国のみ。電気自動車(EV)への急速な移行を掲げた議長国・英国の思惑は大きく外れた。

2. LCAによるカーボンフットプリント

カーボンニュートラル実現に向けて、走行時の排出CO2の削減と同時に取り組むべき課題がある。それは、自動車のライフサイクル(原材料~生産工程~走行中~スクラップ~リサイクル)におけるCO2総排出量(カーボンフットプリント)を削減することである。この考え方が、ライフサイクルアセスメント(LCA)である。

ガソリン車とEVをLCAの観点で比較した場合、走行時のそれとは逆転する。すなわち、EVのCO2排出量の方が、ガソリン車のCO2排出量より多いのである。なぜなら、EVに搭載されるバッテリーは、製造時に多量のCO2排出を伴うことに起因する。LCA規制は昨年来欧州でも検討され始めており、欧州委員会(EC)は2024年7月よりEV用バッテリーに関するカーボンフットプリントの申告をルール化すると発表した。また、近年国策としてEVを推進する中国でも、2025年よりLCA法規の導入を予定している。

近い将来LCAによる評価が自動車に関する排出CO2の基準となった場合、従来の走行時の排出CO2を基準とした規制とは全く異なる結果が想定される(図.4)。EVかエンジン車かという議論も重要だが、各工程において使用する電源の由来による完成車のカーボンフットプリントの格差が発生することは、前述したエネルギー政策ひいては国際安全保障問題に直結する政治課題となる。自動車産業と政治は対立している場合ではなく、自動車産業における「企業戦略と政策のすり合わせ」を行い、政府のバックアップが必要になる。

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LCAへの取り組みは、自動車産業のみならず、カーボンニュートラルな社会の実現には不可欠である。なぜなら、カーボンニュートラルに向けて、企業によるCO2排出を定量化し査定する基準、すなわち炭素税(カーボンクレジット)の導入がそのモティベーションとなるためである。脱炭素技術への経営資源の投入が、カーボンクレジットによる収益に直結する。いわば、アメとムチの政策である。政府にとっても輸出入の際、炭素税を導入することによる安定税収が見込まれる。

そのために、欧州委員会は「欧州グリーンディール」として20兆円規模の基金を準備する計画を進めており、また、米国ではバイデン大統領が4年間で200兆円規模の予算を用意すると発表した。他方、日本政府もグリーンイノベーション基金として、2兆円の基金を創設したが、欧米諸国の予算と比べると見劣りすることは否めない。

近年EV推進派は、政治家や環境活動家をうまく活用し、ガソリン車を世の中から排除しようとするネガティブキャンペーンを繰り返し、世界全体を巻き込むプロパガンダを行なってきた。しかし、欧州、中国のLCAの導入により、近い将来「EVはカーボンニュートラルではない」という彼らにとって不都合な事実が明らかになる。

自動車産業が進むべき方向性は、「ガソリン車の廃止とEVへの一本化」ではないことは明白である。自動車産業の目指すゴールは、カーボンニュートラルである。エンジン車もEVもLCAの観点で脱炭素を目指すことが求められる。

3.自動車産業が目指すべきゴール

繰り返しになるが、自動車産業が目指すべきゴールは、LCAの観点でカーボンニュートラルを実現することである。早期にガソリン車を禁止しEVに一本化することではない。今日までに、エンジン車の開発を終了する計画を複数の自動車メーカーならびに大手自動車部品メーカーが宣言している。開発をストップしてしまうことは、すなわちそのメーカーの販売するエンジン車のこれ以降のCO2削減は期待できないということである。個社の戦略に口出しするつもりはないが、自動車メーカーにとって、経営リソースをEVに集中することは蓄積されたエンジンの技術を捨てることと同義である。

一方でEV市場は、新興EV専業企業および世界の大手ICT企業などが新たなマーケットを構築しつつあり、カオスの様相を呈している。EV市場が(政策に依存する)新たなマーケットだとすると、世界に名だたる自動車メーカーであっても、簡単に市場シェアを取れるものではない。エンジン車によるCO2削減に向けた研究開発のスピードを加速しつつ、同時にEVにおいても自動車産業の範疇におけるCO2削減に向けた研究開発は弛まぬ努力が必要となる。

(第二章に続く)

筆者紹介
カノラマジャパン株式会社 代表取締役 宮尾 健(みやお たけし)
世界自動車産業のサプライチェーンに特化した市場分析、市場調査、コンサルティングを行う。
1988年アルプス電気(現アルプスアルパイン)に入社後、システム開発、製品企画・開発、マーケティング、事業戦略を担当。2007年に米自動車調査大手CSM worldwide(現IHSマークイット)に入社、自動車部品グローバルサプライチェーン調査部門にて、アジアパシフィック地域の責任者として日本・韓国・中国・アセアン・インド地域における自動車産業調査および分析を統括する。2010年に北米・欧州・アジア・中国にてグローバルに自動車産業をカバーするCARNORAMA INC.およびカノラマジャパン株式会社を設立し現在に至る。東京都出身。

Reuters(英国)、Bloomberg(米国)、The Economist(英国)、CCTV(中国)、時事通信、共同通信、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、日刊工業新聞、日刊自動車新聞など国内外のメディアを通して情報を発信する。著書には、「思考停止企業」(ダイヤモンド社刊)がある。

一般社団法人 自動車100年塾 理事
一般社団法人 日本アジアビジネス協会 理事

《宮尾 健》

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