自動車産業のなかでは、いわば常識なのだが、EVは必ずしもカーボンニュートラルではない。理由は2つある。ひとつは電源構成による発電時のCO2発生の問題。そしてもう一つは、LCAの観点で見たEV製造時に発生するCO2の問題である。どこで間違ってしまったのか、「EVは正義、エンジン車は悪」というレッテルが貼られてしまったように思えて悲しい。世界的なネガティブキャンペーンによる印象操作がその主たる理由であるが、他方で、各国政府がその方向で政策を進めていることを見逃すわけにはいかない。
本章では、EVはCO2を排出するモビリティであることを容認した上で、どのようにカーボンニュートラルを実現すれば良いかを解説する。
(第一章『自動車産業が目指すカーボンニュートラルとは』はこちら)
第二章 EVによるカーボンニュートラル戦略
1. 欧州自動車産業の戦略「ゲームチェンジ」
ドイツが早くから「EVの推進と同時にエンジン車の販売禁止」を表明してきた最大の理由は、2015年9月に発覚したフォルクスワーゲンによる排ガス規制不正「ディーゼルゲート」事件である。フォルクスワーゲンは後に経営幹部を含む複数の関係者が訴追されたわけだが、実は欧州では他のメーカーもフォルクスワーゲンと同様の排ガス不正をおこなっていた。後に、メルセデスベンツ、BMWもディーゼル車の排ガス規制の基準値をはるかに超えるNOxを排出していたにも関わらず検査を不正にパスしていたことが発覚し、大規模リコールにつながった経緯がある。
2015年当時、欧州では空前のディーゼルブームであり、販売される車両の過半数がディーゼル車であった(2015年におけるディーゼル比率は51.6%、ACEA欧州自動車工業会発表)。その一方で、当時の欧州排ガス規制(EURO6)は、非常に厳しいもので「不正をしない限りクリアすることが難しい」とさえ言われていた。すなわち、ディーゼルゲートはフォルクスワーゲン一社のスキャンダルではなく、欧州自動車産業が抱える根深い問題だったのである。
その後、欧州自動車産業では「悪のレッテルを貼られてしまったディーゼルエンジン」を諦めざるを得ない状況となった。そもそも、欧州メーカーがディーゼルに偏向した理由は、ガソリンエンジンよりもディーゼルエンジンの方が比較的CO2排出量が少ないことにある。したがって、当時の欧州自動車メーカーはディーゼルエンジンをベースにCO2削減の技術開発を進めており、日本メーカーが先行するガソリン・ハイブリッドエンジンに対抗し、ディーゼル・ハイブリッドエンジンの市場投入を計画していた。しかし、ディーゼルゲート以降すべてのディーゼルエンジン開発が凍結を余儀なくされ、その代替策として急激なEVシフトが行われたわけである。
この時、最初にディーゼルから電動化への大胆な方針変更を発表したのがフォルクスワーゲンである。それは、ディーゼルゲート発覚から1ヶ月足らずしか経過していない2015年10月のことであった。ディーゼルゲート事件の主犯格であるフォルクスワーゲンが、世界最大のEVメーカーに変容しようと方針転換を発表した。その翌年2016年にはダイムラー(現メルセデスベンツ)が、CASEというワードを提唱し、自動車産業におけるCASE革命を引き起こした。欧州自動車産業が仕掛けた、まさにゲームチェンジだったのである。
