北海道最古の動態蒸気機関車を救う道…小樽市総合博物館が故障中の『アイアンホース号』を語る

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今シーズンの運行開始からまもない頃の「アイアンホース号」。車体上部の緑色の部分がボイラーの胴、煙突が延びている前部の黒い部分が「煙室」。「火室」はボイラーの後部につながっている。機関助士が運転台で石炭(アイアンホース号の場合は重油)を投入シーンをよく見るが、その先が火室だ。
  • 今シーズンの運行開始からまもない頃の「アイアンホース号」。車体上部の緑色の部分がボイラーの胴、煙突が延びている前部の黒い部分が「煙室」。「火室」はボイラーの後部につながっている。機関助士が運転台で石炭(アイアンホース号の場合は重油)を投入シーンをよく見るが、その先が火室だ。
  • ボイラーと火室の境目(火室の上部)に2個ねじ込まれているのが「溶け栓」。もっともこれは蒸気機関車独特の呼び名で、一般的なボイラー用語では「溶解栓」と呼ぶ。ちなみに火室からは煙管(赤い線の部分)へ燃焼ガスが送られ、外側の水(薄いブルーの部分)を加熱することで蒸気を発生させる。発生した蒸気は蒸気ドームに貯められて加圧される。
  • 「アイアンホース号」の火室とボイラー内部の現状。写真上左の奧に見える突起物が「溶け栓」。溶け栓を取り外した跡(写真上右)は、水漏れの関係でカルシウムなどの不純物が混じり、白くなっている(通常は黒い)。
  • 「溶け栓」の実物。中間には火室天板に固定するためのネジ切りが付いている。小さいが持ってみるとずしりと感じる重さだ。先端が円いことから、乗務員の間では「へそ」と呼ばれていた。ボイラーの水位が下がり、溶け栓が溶解し出すと「へそが溶ける」と言われる。
  • 「溶け栓」の構造。基本的には融点が低い鉛でできており、ネジ切り部分を含む下側は真鍮で覆われている。

10月19日、ボイラーの「安全装置」故障のため、急遽、2017年シーズンの運行を取り止めた、小樽市総合博物館本館(北海道小樽市)の蒸気機関車『アイアンホース号』。12月10日、同館でその現状と復旧対策に関する説明会が開催された。

■ボイラーの空焚きを知らせる「栓」から水漏れ

アイアンホース号は、1909年、米国ポーター社で製造されたテンダー式蒸気機関車。北米各地の鉄道で使われた後、ミネソタ州のテーマパークを最後に米国を離れ、1994年に日本に渡った。その後、小樽市総合博物館本館の前身である小樽交通記念館がオープンした1996年に本運行を開始した。

現在、北海道内では、三笠鉄道村(三笠市)やいこいの森(遠軽町)でも蒸気機関車の運行が行なわれているが、アイアンホース号は国産ではないものの、道内最古の蒸気機関車で、小樽市総合博物館では毎年4~11月に、火曜日を除くほぼ毎日運行されていた。

今シーズンは11月5日までの運行が予定されていたが、10月19日、運行開始前の暖気運転中に、「火室(かしつ)」と呼ばれる、燃料を燃やす部分への水漏れが確認された。

水漏れを放置した状態で運行すると、高温の火室内が急激に冷やされ、火室板が収縮する現象が起きることがあるが、その場合、火室自体が使い物にならないほど変形し、最悪の場合はボイラーの造り替えを余儀なくされることがあるという。アイアンホース号の場合は、火室の燃焼が安定しなくなるほどの水漏れになったこと、火室の変形を未然に防ぐ必要があったことから、速やかに運行を取り止めたという。

その水漏れの原因は、ボイラーと火室の間にある「火室天板」に取り付けられた「溶け栓」と呼ばれる、バルブ状のパーツを固定しているネジ穴にあった。

溶け栓は、火室上部から数cm、外側へ頭を露出する形で取り付けられている。万が一、ボイラーの空焚きが発生して水位が下がった場合、熱で先に栓が溶け落ち、それと同時に水と蒸気が火室に漏れることで、空焚き状態に陥ったことを乗務員に知らせる役目を果たしている。溶け栓がボイラーの安全装置と言われる所以だ。

仮に、空焚きで水がなくなった場合、火室はボイラー内部の圧力に耐えられなくなり、爆発を起こし、その機関車は再起不能に陥る。

溶け栓は長年の使用で徐々に膨張するので、固定するネジ穴もそれにつれて「金属疲労」を起こし、錆を発生させてしまう。その場合は、ネジ穴をさらに広げて、溶け栓を付け直すが、アイアンホース号の場合は限度一杯まで広げられてしまっているため、古いネジ穴を外して、新しいネジ穴を溶接し直すしか方法はないという。

■ボイラーは大阪で修繕か?資金調達は不透明…困難な来春の運行再開

この施工は、ボイラーの製造許可を得た工場で、ボイラー溶接士の免許を持っている者が行なう必要があるが、蒸気機関車用ボイラーを修理する企業は非常に稀少だという。以前は、札幌市東区にある『八条工業』という会社が行なっていたが、現在は中止されているため、大阪市北区にあるボイラー製造会社『サッパボイラ』に依頼することを検討しているという。

同社は、全国有数の蒸気機関車ボイラーを修繕している企業で、JR東日本やJR西日本、茨城県の真岡鐵道で運行されている蒸気機関車を受け持ったことがあるため、小樽市総合博物館では「最も実績のある企業」として白羽の矢が立った。しかし、そこで問題となるのが納期と資金調達だった。

仮に、大阪へ輸送するとなると、一旦、札幌へ運び、『札幌交通機械』という鉄道車両を扱う会社で車体を分割し、ボイラー部分のみを大阪へ送ることになるという。修繕が完了すると、労働基準監督署による構造変更検査(ボイラーを改造施工した際に義務づけられる検査)が必要になるが、それをパスした後、再び札幌交通機械で組み立て、小樽へ戻すという算段だ。サッパボイラによると、作業期間は2ヶ月程度を見込んでいるという。

資金面では、総額で1千万円強になるのではないかと見られている。小樽市総合博物館は小樽市が運営している施設なので、修繕には市議会で予算措置を講じる必要があるが、現段階では予算案通過が不透明な状況だ。そのため、市の予算とは別に、小樽市のウェブサイトで、アイアンホース号を含む「小樽市総合博物館の展示鉄道車両の保全事業」を行なうための資金を、ふるさと納税の形で継続的に募っている。

これに関して、説明にあたった伊藤公裕学芸員補は、近年、活発に行なわれているインターネット募金(クラウドファンディング)の活用も検討する必要があるのではないかと述べている。

アイアンホース号は毎年、ゴールデンウィークが始まる4月下旬から運行を開始しているが、こうした制約から、来シーズンの運行開始を例年どおりとすることは非常に困難で、伊藤氏は「夏から運行を再開できれば」と述べている。

■寿命は7~8年…目視で危ぶまれる「煙管」の劣化

蒸気機関車は、基本的に火室で燃料を燃やし、その燃焼ガスをボイラーの「煙管(えんかん)」と呼ばれる部分へ送り込む。煙管の外側は、「テンダー」と呼ばれる貯水部分から通した水で満たされており、煙管から発する熱で水を加熱することで蒸気を発生させ、それがシリンダーへ送り込まれ、ピストンを動かし、推進力を得る。電気機関車やディーゼル機関車と比べ、はるかに構造が複雑で、かつ非効率な「機械」でもある。

伊藤氏いわく、ボイラー胴部分に通っている108本もの煙管の劣化も危ぶまれており、ここに穴が空くようなことがあると、正常に蒸気を発生させることができなくなるという。目視で確認したところ、かなり錆が進行しており、その影響で管が膨張しつつある一方で、長年の使用で水に含まれる不純物(カルシウム)が管に付着し、水への熱が通りにくくなる現象も見られるという。

煙管は持って7~8年と言われているそうで、アイアンホース号の場合、前回の交換は10年前。現段階で破損はないものの、放置すると燃費も悪くなることから、伊藤氏は、溶け栓のネジ穴と同時に交換することが得策ではないかと述べている。その場合、運搬費が二重にかからない分、費用を安く抑えられるメリットがあるという。

劣化は、ピストンやブレーキなど、可動部にも相当数に及んでいる恐れがあり、今回の修繕が済んだとしても、数年先には再び何らかの交換を行なう箇所が発生する可能性は否定できない。溶け栓周りの修繕も同様で、蒸気機関車の動態維持は、まさに終わりのない「茨の道」であることを改めて感じさせる説明会だった。

それだけに、参加者からは、これまでどおりの「蒸気運転」にこだわらず、圧縮空気やディーゼルエンジンなど、他の駆動機関で動かす方法も視野に入れる声もあった。これに対して、伊藤氏は、個人的に蒸気運転へのこだわりを示しつつも、資金面などを考慮しながら、あらゆる選択肢を検討していく必要があると答えている。

《佐藤正樹(キハユニ工房)》

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