一旦地に堕ちてしまったブランドの信頼回復は、並大抵のことではない。キャデラックは今、日本市場でそれにもがき苦しんでいる。
正直な話、『ATS』が誕生して以降のキャデラックは、その動力性能をはじめとした動的性能で彼ら自身がライバルとするメルセデスやBMW、あるいはアウディと対等ポテンシャルを持っていると思う。
しかし、長くキャデラックといえばアメリカンラグジュアリーの代表格で、その存在は大きくソフトな乗り心地と独特な個性あるスタイリングという既成概念が出来上がっていて、それをなかなか突き崩せなかった。そこへもってきてリーマンショックによるGMそのものの破綻。正直この段階で多くのユーザーがキャデラックに背を向けてしまったように思う。だから、復活してきたキャデラックが小さく引き締まったボディを持っていても、それが既存ユーザーが持つキャデラックのイメージとは合致しないのだ。
ではどうしたらよいか。結局は地道に訴求していくしかないのだと思う。改めて最新の『ATSクーペ』に乗ってみた。実はこのクルマ、発売は3月ということでまだ路上でお目にかかることはないはずだ。
2リットル直噴4気筒ターボエンジンと6速ATの組み合わせは、セダンと全く同じ。その性能だけを取り上げると、同じ直4、2リットルエンジン同士なら大差でライバルのBMWやアウディを凌駕する。ただ、アウディが77速DCT、そしてBMWが8速ATであるのに対して6速は少し役不足。とは言うものの、動的性能は実際に乗ってみてもこちらが上だろう…と感じる。
低速でゆっくり流すと実に静粛性が高い。上級の『CTS』同様、このクルマにもBose社製のアクティブノイズキャンセレーションが装備されていて、こいつが効果を発揮しているようだ。低速と敢えて書いたのは、それ以上にスピードを上げていくと、ロードノイズはウィンドノイズなど、エンジンやトランスミッションといった動力系以外の音源の方が大きくなって、相対的に効果が薄れるからである。
実は直前に非常にスムーズで快適なCTSプレミアムに乗ってしまった関係もあって、このクーペはどちらかといえばヤンチャ系のクルマに映ってしまった。とりわけ乗り心地は、引き締まったコツコツというアタリが路面からボディに伝わるのだが、本来スポーティ系クーペならそれは当然のことで、乗り比べる方が間違っているのだが、どうしても直前のクルマに左右され易く、こういう表現になってしまったが、本来はスポーツクーペとしては非常に快適な乗り心地のはずである。
キャデラックの良いところは、クルマのアンサーバックが的確なことだ。例えばダッシュにあるスイッチ類。普通のクルマの場合、触れても反応はないから、確認は目視でないと無理だ。しかし、キャデラックの場合、ブラインドタッチでも、触れた瞬間に一瞬ブルッという振動が指に伝わってくれる。アイデアとしては非常に良いと思う。
敢えてネガ要素を述べるとしたら、右ハンドル仕様が存在しないこと。外車は左ハンドルという時代はもう過去のもので、日本に定着するつもりなら、右ハンドル仕様は必需だと思うのだが…。
■5つ星評価
パッケージング ★★★
インテリア居住性 ★★★
パワーソース ★★★★
フットワーク ★★★★
おすすめ度 ★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来37年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。