【マツダ アテンザ 試乗】こだわりと割り切りが生んだ強い個性…井元康一郎

試乗記 国産車
マツダ アテンザワゴン
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マツダが2012年11月に発表したミディアムクラスの世界戦略モデル、新型『アテンザ』。良品廉価から高付加価値へのブランドイメージ転換を図っている同社にとって、直接的な売上の拡大はもちろん、プレミアム戦略のゆくえを占う試金石という意味でも、重要なモデルだ。

そのアテンザのセダン(ディーゼルMT、2.5リットルガソリン)、ワゴン(2リットルガソリン、ディーゼルAT)と横断的に4台を試乗する機会があった。ガソリン、ディーゼルの両パワートレインのパフォーマンスについては動的質感、騒音・振動、エネルギー効率ともきわめて良好であった。が、クルマの良し悪しはパワートレインだけで決まるわけではない。将来戦略の重要なメルクマールとなるアテンザをマツダがどのようなクルマに仕立てたか、ドライブフィールを主体にインプレッションをお届けする。

良好な視界、決まりのいいドラポジ…ただし束縛感やや強し

アテンザのコクピットに乗り込んでまず印象的だったのは、スポーツカーのように収まりの良いドライビングポジション。ヒップポイントは4ドアセダン&ワゴンとしては低めなこと、ステアリングコラムの傾きが小さいこと、シャープなデザインの3連丸型メーターなど、スポーツカーに乗っているような気分にさせる演出が随所に盛り込まれている。

アクセル、ブレーキペダルとステアリング、シートの位置関係も非常に適切で、ドライビングポジションは難なく決まる。前方視界は「Aピラーを旧型に対して100mm後方に移動した」(マツダのエンジニア)ことが奏功して、パノラミックと言えるほど良い。ドライバー重視の欧州Dセグメントモデルを強く意識したパッケージングと言える。

欧州車と異なるのは、ドライビングポジションの自由度。シートの上下、前後の調整幅はグローバルカーらしく十分な量が確保されているが、ステアリングのチルト幅が上方向に対して小さく、座面を高くして眺め良くドライブするようなポジションを取ったりといった自由度は小さい。ドライビングポジションはこうあるべきというマツダの思想への束縛感はやや強い。

申し分のないオンロードでの走行性能

「クルマに乗り込んでから最初の100mを走らせる間にクルマの良さが実感できるようなチューニングを目指した」と、副主査を務めた齋藤茂樹氏はアテンザの味付けの意図について語る。その実現のため徹底的に追求したのは、ドライバー、同乗者のクルマの動きに対するイメージと実際の動きを一致させることだったという。先行デビューした『CX-5』のチューニングでも語られた思想だが、重心が低く、運動性能面でより有利なアテンザでは、そのクルマ作りがさらに徹底されたような印象だった。

チューニングの良さは、ドライブ中、様々な局面で実感できる。まずクルマを加速させたり、アクセルを抜いてエンジンブレーキがかかった時の挙動。アクセルのオンオフでのクルマのぐらつきがほとんどなく、加減速の爽快感は出色ものだ。パワートレインの揺れの収まりが良く、また揺れ自体もかなり小さいものと思われる。

高速道路や流れの速い地方道のクルーズも、単に安定性や旋回性能が高いだけでなく、スロットルやブレーキ、ステアリング、シートなどを介してドライバーとクルマが濃密にコミュニケーションを交わしているという実感を持てるセッティングだった。

出色だったのは高速道路でのレーンチェンジ。ステアリングを軽く切ってからクルマがロールしはじめるのと同調してクルマが横に動き、車線移動が終わってクルマを直進方向に向けるときも揺り戻しなしに、ステアリングが中立となったところでピタッとロールが止まる。

クルマのサスペンションチューニングの難しさはボディ、ラバーマウント、スプリングとショックアブゾーバー、タイヤなど、物理特性のまるで異なる部品の変位を調和させなければいけないことにある。急なハンドル操作、微小舵角時、直進時、切り戻しの連続など、クルマの操作には様々な種類があるが、それらのうち何かを素晴らしくすれば何かがダメになったりといったトレードオフのオンパレードで、その折り合いをどうつけるかはクルマをセッティングするうえでの永遠のテーマだ。

アテンザは少なくとも晴天の一般道、高速道という条件下においては苦手とするシーンがほとんどなく、常に正確なドライビングが可能だった。動的なパフォーマンスは内外のライバルと比較しても、かなり上位に位置すると思われた。

乗り心地には難あり

アテンザのサスペンションはDセグメントモデルとして完璧に近いかというと、そうとばかりも言えない。かなり明確な短所も存在する。それは乗り心地だ。舗装の補修部分や道路の継ぎ目を通過した時の突き上げ感や、アンジュレーション部分(うねり)を乗り越えたときの上下の揺すられ感はかなり強めに出る傾向がある。

安っぽさが顔を出してしまったのは、減速舗装の乗り越え。試乗したコースのうち、三浦半島・観音崎灯台付近に減速舗装が連続する場所があった。減速帯の間隔が不定という、ハーシュネスが一番出やすい厳しい条件ではあったが、その乗り越えはプレミアムクラスを狙うには残念ながら程遠いレベルにとどまった。

快適性についても優れた部分もある。音が出る路肩やセンターラインを踏んだときなど、ボディやステアリングへの振動の遮断はサスペンションが硬めのモデルとしては悪くなく、舗装が劣化して路面がざらついている場所での微振動も効果的に吸収していた。全体として、速度域が低く不整路面も多い市街地では快適性が落ち、地方道や高速道路の巡航では快適性が上がるという印象だった。

なお快適性は、タイヤ、ボディで若干の違いがある。タイヤは19インチのほうがスペックが高いのか、ダンピングが効いているぶん良好。ボディタイプではセダンのほうが大入力への抵抗性、振動低減などでワゴンを上回っているように感じられた。それぞれ、違いはかなり明確であった。

レーンチェンジ、旋回、加減速といった動きが良好なのに突き上げや上下の微振動に弱いのは、ショックアブソーバーやラバーマウントなどの部分にあまり高い部品を使うことができなかったのも一因と推測される。より質の高い乗り心地を提供することを目的に、たとえばプレミアムサスペンションパッケージのようなものを10万円高で用意してもいいのではないかと思われた。

万人受けに背を向けた、思い切りの良い取捨選択

アテンザはマツダのプレミアム戦略の嚆矢となるべきモデルだが、売価は北米、欧州、日本とも、プレミアムセグメントのライバルよりずっと安く、普通のクルマと変わらなず、かけられるコストも低い。マツダの新世代モデルはクルマの基本部分であるシャーシとパワートレインに限られたコストが重点的に配分されている。そのぶん、アプリケーション部分へのコスト制約は強かったものと思われる。

その条件下でアテンザを開発したマツダの開発陣の狙いはかなり明瞭だった。開発を指揮した梶山浩主査は発表当時「100人のうち5人に心から共感してもらえるデザインにした」と語っていたが、万人受けを捨てるという決断はデザインばかりではなく、クルマ全体の仕様に及んでいる。

乗り心地を高級にするための高価な足回り部品は捨て、マツダのエンジニアが培ってきた動的性能のノウハウを使ってクルマの動きを良くしたり、デザインを思い切ったものにしたりといった、お金のかからない知恵を使うことでそのネガを補完するようなアプローチがいろいろな局面で感じられた。高級車的な乗り心地を求めるユーザーは逃すかもしれないが、シャーシやエンジンの性能、サスペンションチューニングの巧みさなどを積極評価してくれるユーザーに売れればいいではないか、という思い切りがあった。

自動車メーかーが商品開発を行うさい、判で押したように飛び出すキーワードのひとつが「個性」だ。が、自動車メーカーにとって万人受けすることは販売台数の面でとても甘美なもので、どうしても最大公約数を軸にしたクルマ作りに落ち着いてしまう。その最大公約数をあっさり捨て去り、限られたコストを必要なところに重点配分し、捨てるところは捨てるクルマ作りに徹したあたりに、経営再建に向けて待ったなしの状況にあるマツダだからこそ取り得た、捨て身の強さが垣間見える。

未完の大器

最後に、アテンザがマツダのブランド価値向上の第一歩を踏み出すに足るモデルとなっているのかという部分について。一言で表現すれば、今はとても完璧ではないが将来性を大いに期待させる“未完の大器”といったところ。ここまでいろいろケチをつけたが、クルマを外から眺めるとき、またドライブするとき、アウディ『A4』、BMW『3シリーズ』、ちょっと旧世代だがアルファロメオ『159』といった欧州Dセグメントのライバルばかりが比較対象として思い浮かぶような、日本車には珍しいくらいのテーマ性の強さは持ち合わせている。

デザインやチューニングの妙といった部分で世界のユーザーを引き付けるのが付加価値向上作戦の第一段階だが、それだけでは将来の付加価値拡大にはつながらない。クルマ作りに関するマツダの哲学や技術力を、余分なお金を払う価値あるものと見てもらうためにも、次のフルモデルチェンジや別モデルの投入を待たず、マイナーチェンジや年次改良を機にクオリティアップやモディファイなどを継続的に行う必要があろう。

現状でも、従来からのマツダファンのみならず、欧州Dセグメントのモデルに関心を持っているようなユーザーには新型アテンザはそれなりに魅力的に見えるだろう。

なかでも輸入車は欲しいが予算的にちょっと無理というユーザーには、部分的にプレミアムDの雰囲気を体感できるという点で格好のターゲットと言える。ちなみに新型アテンザを購入したユーザーのうちマツダ車からの乗り換えは半分程度で、あとは他ブランドからの乗り換えだという。興味のある人はディーラーで一度ステアリングを握ってフィーリングを体感してみるといいだろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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