トヨタ自動車が2012年12月15日に発表した高級セダン『クラウン』。メディア向け発表会で豊田章男社長は「デザイン革命」を強調し、生まれ変わり(ReBorn:リボーン)をアピールした。
その新型クラウンで話題になっているのは、フロントマスクの大胆なデザインだろう。これまでトラディショナルな装いを貫いてきた歴代クラウンから一転、異形とも言えるフロントグリルが与えられた。
デザインの良し悪しは各々の判断に委ねるとして、フロントマスクの装いを大胆なものにすること自体は、「生まれ変わりを演出するうえでは必然の選択だった」と、トヨタの開発部門幹部のひとりは語る。
新型クラウンをよく見ると、フロントマスク以外の部分は、3ボックスセダンとして古典的な部類に属するプロポーションであることがわかる。ボンネットからAピラーの折れ角が強められているが、ルーフからCピラー、トランクへのラインは旧型のデザインコンセプトをほぼ継承している。
クラウンのスタイリングがおおむね決まったものになるのには、理由があるという。そのひとつはボディサイズだ。「クラウンには全幅1800mm以内という“不文律”があります。そうなっているのは、銀座のある駐車場にホイールをこすることなく駐車可能に作るため」(前出のトヨタ幹部)。クラウンクラスの大型サルーンを抑揚豊かにデザインしようとする場合、本来はあと50mm程度車幅が欲しいところ。寸法が限られているクラウンのデザインは、軽自動車のデザインに似た難しさがあるのだ。
もう一例はCピラーのデザイン。「クラウンクラスのセダンの後席に乗られるお客様は、ピラーが自分の側方に回り込んで、外界と遮断されているほうが安心感を持たれる傾向があるんです。Cピラーが前進したデザインになるのはそのニーズに応えるためでもあるんです」(デザイン担当者)
クラウンのスタイリングが代々似たものになる背景には、単に伝統を継承するということばかりでなく、ニーズに応えていくとこうなるという具体的な理由があるのだ。
トヨタはそのクラウンのデザインに新しさを与えるため、工夫を凝らしている。一例は側面にエッジの効いたプレスラインをフロントからリアを貫くようにつけていること。トヨタが昨年春にメディアに公開した新しいプレス技術が使われている。
が、クラウンのフルモデルチェンジを“刷新”ではなく“変革”と位置づけられるものにするには、そういったテクニックだけでは不十分だ。そこで白羽の矢が立ったのが、クルマのなかで最大のアイコンとなるフロントマスク。伝統が生む自己規制をはるかに超える大胆なデザインにすることで、リボーンを印象づけたのだ。
もっとクラウンらしいフロントマスクでもよかったのにという意見も少なからず聞かれるが、もし伝統的なマスクであったら、新型車デビューのときから古いイメージを与えてしまう恐れは多分似合った。大胆マスクの採用は必然だったと言えるが、それがわかっていても自動車メーカーにとって、チャレンジすることは恐ろしいことでもある。それをやりおおせることができたのは、豊田社長のリボーンに対する強固な意思があったからであろう。
新型クラウンの販売は今のところ、「発売当初に異常な売れ方をした旧型よりは少ないですが、やはり販売好調だったゼロクラウンより上」(トヨタ幹部)という状況。保守的なユーザーが多いとされるクラウンだが、古典と斬新さの融合はプラス側の効果を生んでいるとみていい。
もちろんトヨタのデザイン革命はこれで完成形というわけではない。「本当に素晴らしいデザインを作るためには、クルマの骨格自体が変わらなければならない。5年、10年のスパンで我々の挑戦を見守っていただきたい」と、デザインディレクター役を務める福市得雄常務役員は言う。クラウンのような制約のないモデルでは、さらなる飛躍があるかもしれない。