【タイで働く女性たち】日本語教師から人材紹介会社へ…山本真知子さん

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タイで働く女性たち 第17回 3年間の日本語教師の後、人材紹介会社に転職した山本真知子さん


日本とタイの「橋渡し役をしたい」

「もう少し日本語教師を続けてみたいという気持ちもありましたが、タイ人の学生に、ビジネス向けの日本語を教えられるような経験も積みたいと考えて…。思い切って、新しい職場でチャレンジしてみることにしました」

こう語るのは、今年4月からバンコクにある最大の日系人材紹介会社「PERSONNEL CONSULTANT MANPOWER(THAILAND) CO., LTD.」で働く山本真知子さん。職場では派遣部門の担当をしている。

さまざまな職種の人々と接する機会があることに加え、勤務先のセミナールームで開催される各種セミナーにも積極的に参加。「日々、勉強になっています。視野が広がり、経験を積んでいることが実感できます」と話す。

最近関心があるのは、タイ人向け人材研修の仕組みづくり。7000もの日系企業が存在するタイ。日本語、日本文化への需要や関心は高く、その「橋渡し役をしたい」と考えている。

タイ人大学生との交流 山梨県の出身。地元の大学の4年生だった時、ゼミの活動の一環でタイ・ナコーンラーチャシーマー県(コラート)を訪問。インターネット回線を通じて日本語を教えるプロジェクトに参加した。

コラートのラーチャパット大学から学生たちが参加したこともあって交流の輪が広がった。キャンパスに招かれ、タイの伝統音楽や民族舞踊を披露してもらったことも。美味しい郷土料理も、こころ行くまで堪能できた。

同大学には日本人の日本語教師が一人だけ在籍していた。日本の大学で外国人向けの日本語教員養成課程を専攻していた山本さん。「関心はない?」と誘われたが、この時はまだ自分がタイに渡るとは思ってもみなかった。

「それなら違う経験をしてみよう」

日本に戻って間もなくのことだった。残念にも第1志望だった教員採用試験に不合格との通知。非常勤講師としての働き口はあったが、「それなら違う経験をしてみよう」と思い直した。脳裏に浮かんだのは、わずか数ヶ月前に訪問したばかりのコラートの原風景だった。

「興味があります」。誘ってくれたラーチャパット大学の日本語教師にメールを送った。「では、面接を受けに来てください」と早速の返事。再びタイに渡ったのは、卒業間近の2月のことだった。

面接試験に、実際に学生たちを前にしての模擬授業。「こんなに緊張したのは生まれて初めて。怖くて怖くて…」。4日間の日程は瞬く間に終了した。

しばらくして結果がメールで届いた。「貴女を採用します」。嬉しかったが、卒論発表で忙しかったこともあって、なぜか実感がなかった。「本当に私がタイで日本語教師を務められるのか」。半信半疑のまま、荷造りを進める時期を迎えた。

泣きながら母に電話したことも… タイに三たび降り立ったのは、2009年4月26日のこと。バンコク郊外のスワンナプーム国際空港。迎え人など誰もいない。初めての勤務先となるコラートまでバンコクから250kmの道のりを一人で移動しなければならなかった。

道行く人々にどうにか教えてもらって乗ったバスは3等の各駅停車。エアコンはなく、ムッという空気が鼻を突いた。コラートまで約5時間の道のり。泣きながら、国際電話で故郷の母に電話した。

それから3年。時はあっという間に過ぎた。タイ語も仕事をしながらの独学で、ある程度は読み書きができるようになった。タイ人の純粋さ、優しさも痛いほど感じている。

将来の夢は「学校を創ってみたい」。自身の大学生時代、外国人の子どもたちの学習支援をするボランティア活動に参加。世界の子どもたちに日本の文化、伝統、躾などを教えてみたいと思うようになった。子どもの教育に強い関心がある。「まだまだ、夢ですけど…」と照れくさそうに話す瞳は輝いていた。

タイで生活する日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は、働く女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事に就き、活躍する女性たちを追う。

タイで働く女性たち 第17回 3年間の日本語教師の後、人材紹介会社に転職した山本真知子さん

《編集部》

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