【東日本大震災】ボランティア参加ルポ…準備はどこまで?

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激しい地震、そして津波が東日本を襲った1週間後、ボクはモーターショーの取材のためにタイに出かけていた。緊迫している日本から訪れたことでいつもにも増して平和だと感じたバンコクの街。そんなバンコクのあちこちで見たのは、日本を支援するための募金活動だった。今にして思えば、海外で見かけた日本を応援する人たちの姿が、ボランティア活動へ参加させる決心になったのかもしれない。

タイから日本へ帰国する直前、ボクが所属するAJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)から1通のメールが届いた。被災地へのボランティアを募るというものだ。

ただ、すぐに手を挙げたわけではなかった。ボクに人の助けができるのだろうか? 現地の人の足を引っ張ることにならないだろうか? その間の仕事はどうするんだ?

そんなことを考えているとボランティア参加をなかなか決心できず、参加表明をしたのは最初のメールが届いてから1週間が経過してからだった。こうしてボクは4日間、被災地でのボランティアに参加することになった。

ボランティアに参加は、はじめてである。だから、一体何を準備すればいいかは手探りだ。ただ、はっきりしているのは、パスポートとクレジットカードさえあれば困らないであろう“観光地に行く海外旅行”よりも準備が必要だということである。

ボクは、以下のものを準備することにした。

●クルマ---オンロードの走りには大満足している愛車のホンダ『アコードワゴン』だが、路面状況の悪い被災地に行くには心もとない。そこで自衛隊に納入する車両も作っている三菱自動車にお願いしたところ、快く『デリカD:5』を貸与してくれた。エアロがついた「ローデスト」だったのは想定外だったが、ロックモード付の4WDとマッド&スノータイヤの組み合わせはFF車に比べれば何倍か心強い。

●アウトドア用品---準備開始時は、行き先が未定だった。行き先によっては、クルマの中で寝る可能性もある。寒いから車中泊時の防寒対策をとらないと。そう考えてみたものの、ボクは寝袋をはじめとするアウトドアグッズはまったく持っていない。そこで、知り合いから寝袋やテントからヒーターまで一式のアウトドアグッズを借りることにした。「0度でも寝られる」という寝袋が心強い。ただし実際は、活動場所が仙台となり、仙台の知り合いの家に泊めてもらうことになったのでアウトドア用品は必要なかった。

●水と食料---自己完結がボランティアの鉄則だ。現地で、被災地の人たちに送られた支援物資を食べるわけにはいかない。そこで、ボランティア活動中に自分で食べる食料を調達した。レトルト品が中心で、お湯を沸かすためのカセットコンロなども準備した。が、これも活動拠点が仙台(食材がほぼ通常通り流通し、飲食店も開いている)となったので準備の必要はなくなった。しかし、余震などで供給が絶たれる可能性がないわけではない。万が一に備えて数食分の水と食料は持っていくことにした。

●災害派遣等従事車両証明書---現地の団体からの依頼を受けて、団体に所属する者が被災地に向かう場合は、高速道路料金が免除されるという制度がある。その制度の適用を受けるためには現地に向かう車両だという証明書が必要で、証明書を発行する窓口は市役所。ボクが申請した稲城市役所の担当者はすばやく動いてくれ、スピーディに稲城市発行第1号の証明書を発行してくれた。この証明書の発行には地方自治体による温度差が大きいようだ。東京都は都庁から各自治体に通達がいっているので体制が整っているが、神奈川県の某市などでは役所内でたらいまわしにされて結局無理だったという情報も入っている。

●支援物資---個人の支援物資を、被災地の不特定の人に届けることは不可能に近い。少量のものを仕分ける作業は手間がかかり、現実として対応できないからだ。しかし、実際に被災地に足を運ぶなら、少量の支援物資も避難所の人などに届けることができる。ボクは現地からの情報に基づき、石鹸や消毒のハンドソープ類、下着、基礎化粧品(化粧品会社の知り合いからサンプルを大量に譲ってもらうことができた)、そしてコーヒー、絵本や子供のおもちゃなどを用意した。友人たちがたくさん集めてくれたので感謝だ。

こうしてボクは着替えや水と食料、そして知り合いに協力してもらって集めた支援物資をデリカのラゲッジスペースに積み込み、活動拠点となる仙台に向けて出発した。
《工藤貴宏》

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