交通弱者のモビリティのはずが… |
2011年1月6日、ローマ市内で交通事故が発生。車を運転していた16歳の少女が重体、同乗していた15歳の少女が軽傷を負った。この事故に関し、共和国検察庁は少女が乗っていた車両の安全構造に問題があるとみて調査に入る構えを表明した。
少女らが乗っていたのは、マイクロカーと呼ばれる車だった。マイクロカーとは欧州連合基準における軽便車のことで、その中でも「軽量型」と定められているものを指すことが一般的だ。
軽量型は「車両重量350kg以下。最高速度45km/h以下。エンジンはガソリンの場合50cc以下で出力無制限、ディーゼルの場合、出力4kW以下の車両」と定められている。現在フランスで14万台、イタリアで8万台のマイクロカーが走っているといわれる。
マイクロカーの起源は、第二次大戦直後に欧州各国で零細メーカーが製造を開始した、2輪用エンジンや汎用エンジンを搭載した耐乏型の車である。長年にわたり多くの国で一定年齢以上なら免許不要で運転できたことから、「無免許カー」の通称で呼ばれるようになった。同様にほとんどの国で、ナンバー取得費用、税金、保険に関し、原付自転車に準じた扱いが行なわれてきた。
そのため、視力検査が不合格で普通免許取得が困難だったり、限られた年金で生活をしている高齢者が主なユーザーだった。筆者もイタリアやフランスの路上で、渋滞の先を見たら、お年寄りが出力の低いマイクロカーで走っていたということがたびたびあった。
ところが近年、そうしたマイクロカーのユーザー傾向に変化が生じてきた。普通免許取得前の若者たちに注目され始めたのである。背景には、以前から一般車の流行を巧みにデザインに取り入れてきたマイクロカーのメーカーが、さらにその傾向を強めてスタイリッシュなモデルを造り始めたことがある。
参考までにイタリアの現行制度を記すと、教習所や学校で行なわれる講座を受講し、簡単な筆記試験にパスすれば、14歳からマイクロカーを運転できる。また法規上は原付扱いなので、年々厳しくなる一般車進入禁止エリアに入れたり、バイク用駐車場に停めても御咎めなしなのも人気の秘密だ。
そうしたなかで、冒頭のようなマイクロカーによる事故もクローズアップされるようになってきた。同じローマでは、2010年4月にもマイクロカーを運転中の15歳の少女がバスと衝突して死亡し、大きく報道された。
少し前の数字だが、イタリア自動車連盟によると、08年の時点で国内のマイクロカーによる事故は682件を数えた。対策としてイタリアでは、10年夏に道交法を改正し、ようやくマイクロカーのシートベルト未着用や、不正改造による出力アップに反則金を導入した。だが、取り締まりが追いついていない状態だ。
そのような現状を受けて、「いっそのこと普通免許の年齢を北米並みに引き下げればよい」という意見も聞かれる。出力も低く危険なマイクロカーのカテゴリー自体を不要にしてしまえばよいというアイディアだ。
いっぽう、マイクロカーの主要生産国であるフランスとイタリアのメーカーは、そうした“マイクロカー・バッシング”ともいえる世論に反論している。
イタリアのマイクロカー製造組合のルセッティ会長は伊『ラ・レプブリカ』紙のインタビューに対し、「マイクロカーによる年間の死亡者は毎年10名に過ぎず、その数は1日に起きる交通事故死亡者数よりも少ない」と主張する。
フランスのマイクロカー大手エクサム社も、国家機関の統計を引用し、「09年の交通事故死傷者数で、普通自動車の割合が50.63%を占めるのに対し、マイクロカー乗員の占める割合は僅か0.38%に過ぎない」とアピールしている。
また、イタリアの製造組合会長は、「もっと安全性向上を」という世論に対し、「350kgの重量制限のなかで、エアバッグなど安全装備を搭載するのは、設計上かなり厳しい話だ」と、制度自体の改正を訴える。
一般車と同じ公道を走れるクルマでありながら、安全基準は格段に甘く、法規は原付並み。バカボンのパパの名言を借りれば、「反対の賛成の反対なのだ」といったところか。戦後欧州の路上で、「交通弱者のモビリティ」という盾をかざしつつ、なし崩し的に生き延びてしまったマイクロカーに、ターニングポイントが訪れようとしている。
大矢アキオの欧州通信『ヴェローチェ!』 |