【井元康一郎のビフォーアフター】求められる非自動車業界との交流…パナソニックのディーゼル触媒

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パナソニックのディーゼル車用排ガス浄化用触媒は、白金を使わず大幅なコストダウンを図る。こうした他業種との積極的な技術交流が自動車業界には必要
  • パナソニックのディーゼル車用排ガス浄化用触媒は、白金を使わず大幅なコストダウンを図る。こうした他業種との積極的な技術交流が自動車業界には必要
  • ディーゼルエンジン排ガス処理装置の構成

省エネルギー化、電気化など、脱石油テクノロジーのニーズがますます高まる自動車。部品点数が数万点にも及ぶクルマ作りは航空機産業と同様、金属、石油化学、電気、構造、力学など、多くの分野の集大成である。部品メーカーや他分野の企業、研究機関とのコラボレーション(共同研究・開発)は、新技術を生み出す原動力となってきた。クルマが“100年に1度の変革”を迎えていると世界的に言われる昨今、非・自動車分野からの技術提案がますます大きな意味を持ってきている。

◆パナソニックがディーゼル排ガス浄化装置の開発を発表

6月22日、家電業界で国内首位のパナソニックは、環境経営についての取り組みを説明する「エコアイデアレポート2010 プレスセミナー」の席上で、低コストでディーゼルエンジンの排ガスを浄化する装置を開発していることを明らかにした。

その装置とはDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)。ピストンがシリンダー内部で往復するタイプの内燃機関の中でディーゼルは熱効率が最も高いが、軽油や重油等の石油系燃料を使った場合、排気ガスに光化学スモッグの原因物質であるNOx(窒素酸化物)、肺疾患を引き起こすおそれがあるPM(カーボンを主成分とする粒子状物質)などの有害物質が混じってしまうという欠点がある。DPFは後者のPMを低減させるためのものだ。

DPFはすでに多くのメーカーが製品を販売しているが、パナソニックのDPFは既存のものと大きく異なるという。最大の違いは、資源量が少なく価格も高価なレアメタルのひとつである白金の使用量がきわめて少なくてすむという点だ。

◆家電の空気清浄技術を応用、白金を使わない独自のDPF

DPFは酸化触媒とPM分解触媒の2段階で構成されるが、パナソニックはまず後段のPM分解触媒に白金を使わず、代わりにアルカリ金属化合物の薄膜をフィルターに生成するというものだ。普通のDPFでは白金触媒にPMを吸着させ、そこにNO2(二酸化窒素)を送り込み、その強力な酸化作用でPM(主成分は炭素C)をCO2とO2に変化させるというプロセスで分解する。

「われわれののPM触媒は、白金触媒ではなく共存化合物にPMを吸着します。そしてNO2ではなく、共存化合物上に乗せたアルカリ金属化合物から放出されるアルカリ金属活性種を使って、排気中のO2でPMを直接酸化させるのです」

パナソニックの子会社、パナソニックエコシステムズ(PES)でディーゼル排ガス浄化装置の開発を手掛ける久保雅大主事は、しくみをこう説明する。

NO2を使わずにPMを酸化させる方式を取ることは、PMフィルター本体の白金使用量をゼロにするばかりではなく、前段の酸化触媒の白金使用量を大幅に削減する効果も持つ。従来型のDPFの酸化触媒はNOxを吸着してNO2を作るのに、多量の白金を使っていたが、パナソニックのDPFの酸化触媒は炭化水素(HC)と一酸化炭素(CO)を酸素と結びつけるために少量の白金を使用するだけですむという。

PMフィルターに使用する共存化合物やアルカリ金属化合物の具体的な組成は教えてもらえなかったが、活性種の酸化促進作用を利用した粒子分解は、空気清浄機やエアコンのエアクリーン機能でよく使われている方式だ。

PESの伊藤清文社長は、「きわめて簡素な方法、工程でそれらの物質を(多孔体である)PMフィルターに均質に乗せることを可能にしたことが、新しい排ガス浄化装置の最大のコア技術です。パナソニックは大正2年(1913年)に日本初の扇風機を作ったメーカー。空気の流れや清浄化についてはトップランナーだと自負している。今回のDPFは、その流れをくむもの」と言う。

◆他業種の“囲い込み”ではなく“対等な技術交流”を

クルマの世界ではミクロン以下の微粒子の処理は大きな技術課題だが、家電業界では空気清浄機や電気掃除機など、多くの製品で当たり前のように微粒子を集塵している。0.3ミクロンの微粒子を取るHEPA、0.15ミクロンのULPAといった集塵規格を目にしたことがある人も多いことだろう。

クルマの排ガスの量は掃除機とは比較にならないほど多量で、家電のフィルターやプラズマ空清、光空清とまったく同じように作るわけにはいかない。実際、空気清浄機と同様の発想でクルマの排ガス浄化装置を作る試みは自動車メーカーや部品メーカーもさんざん試みており、研究室レベルでは良好な特性を示すものもどんどん生み出されている。が、それらを低コストで大量に作るにはどうしたらいいかとなると、今も苦戦続きである。

高性能な空気清浄機やエアコンを苛烈なコスト競争の中で作り続けてきた家電メーカーのノウハウはクルマのエアコンだけでなく、自動車メーカーや部品メーカーの十八番とされていた排ガス浄化にも大いに生かしうるということをパナソニックの例は示している。

EVのバッテリーもそうだが、自動車メーカーは自動車工学という閉じられた世界に他業界の企業を呼び込むのではなく、他業界と対等な技術交流を積極的に進めていくことが求められている。自動車メーカーは、自分が王様という意識がことさら強いものだが、今後、研究開発面で強さを維持するには、柔軟な姿勢を持つことが必要不可欠となっていくだろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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