【D視点】究極の躍動美…アストンマーティン ラピード

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秀逸なデザインを達成できるのはなぜ?

2月4日、東京恵比寿ガーデンプレイスのシャトーレストラン「ジョエル・ロブション」での発表会で観た『ラピード』の第一印象は、「究極の躍動美」というキーワードがぴったり。4ドアの機能を持った自動車のカタチとして、これまでにこんなスピード感をエクセレントに造形したクルマにはお目にかかったことは無い。久しぶりで自動車デザインに感動した。

アストンマーティン(アストンマーチン)は1987年、イギリスの長年にわたる経済停滞に耐え切れずフォードモーターに買収され生き延びたが、今となって振り返ればこんな結果ハッピーな身売りは他に例が無かった。

当時フォードは業績好調で、グローバル構想の一環としてジャガー、アストンマーティン、後にランドローバーを傘下に収めプレミアムオートモーティブグループを構成し、一気にGMを抜き去りメルセデスベンツを越えたブランド力を手に入れようと目論んだ。

しかし各社ともスタイルの異なる伝統文化を持っていたため、フォードのコントロールは甘く、特にアストンマーティンには巨額の立て直し資金が投じられ、新工場を始め求められる最新技術が惜しげもなく供与された。

デザイン部門も、最新のデジタルデザイン開発設備の導入とともにフォードグループ各社から選りすぐりのトップデザイナーが集められ、デザイン開発にあたった。この時点でフォード無しでは成し得ない最高レベルの条件が整ったのである。また、1993年登場の『DB7』以降、特に『DB9』、『V8ヴァンテージ』からはローバーとともにBMWからヘッドハントされたデザイナーの影響もあって、肉感的エモーショナル造形が程よく抑制され、直線をうまく使ったモダンデザインが定着した。

プレミアムカーメーカーを経営する事によってフォードが学んだ最大の収穫は「高級車デザインは完璧なフォルムでなければならない」ということと「プレミアム商品は僅かずつしか進化させられない」という現実だ。

アストンマーティンのモデル開発は、流行にとらわれない不変の美とクォリティ表現、それを目指しての徹底的な造形の練り込みが結果を出すまで行われ、それ故に「究極の美」の誕生が可能となるのだ。

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証言・ストイックな美の追求

かつてフォード・ファーイースト・ディビジョン(広島のマツダ本社内に在った)でプローブ開発を手がけたオーストラリア人デザイナー、ピーター・ハッチンソン氏がアストンマーティンに招聘され、V8ヴァンテージ・クーペを担当し4年ほど経った2006年ごろ、あるパーティで旧知の私にデザイン開発の様子を語ってくれた。

特に印象的だったのは、「フロントフェンダーのハイライト調整を、デザインがフィックスしてから4か月かけてそこだけをやり直した。1mm以下のクレイを盛って削っての繰り返しを4か月! 精神的プレッシャーがすごくて体がもたない」と言っていたことである。

DB7以降のアストンマーティンは少しずつ進化を重ねている。大雑把に言うと豊かな丸みのある面造形から、DBSに代表されるボーンのしっかり通った緊張感とメリハリのある面構成に進化しているのだ。しかし一貫して変わらないのが、カタチのイメージの基となるディメンションとアイコン化した造形要素、それとクォリティの高い趣味性である。この不変の3要素がぶれない限り、時代の進歩に合わせた洗練された変化なら、保守的なハイエンドクラスの顧客も納得するのである。

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自動車デザインの王道が貫かれたラピード

具体的にラピードの造形の特徴を挙げてみよう。まず第一はボディ全体のシルエットの決め方である。2プラス2のDB9に対し全長を約300mm長く、ルーフを60mm高くしただけで流麗な完全4シーターを実現しているのが凄い。

それを実現し得た隠し技のひとつは、ルーフが長くなったことによる「間延び感」を打ち消すため、AピラーとフロントウインドウをDB9よりかなり倒している点にある。それによって4ドアなのに長いルーフが軽く見えているのだ。

実際にリア席に乗ってみると身長169cmの私には足元とヘッドクリアランスはかなりの余裕がある。幅方向はタイトだが前後寸法ではジャガー『FX』と同等レベルの見事なパッケージングを実現している。

もうひとつのポイントは、全幅が2140mmで、DB9より265mmも幅が広げられていることにある。後席まで通した巨大なセンターコンソールは、リア搭載のトランスミッションなど駆動系の振動を完全に遮断するために必要な大きさだ。したがって通常よりも外側に位置するリア席乗員の横側ヘッドクリアランスを最小に設定しても、サイドウィンドウが大きく傾斜したスタイリングを損なわないためにはこの車幅が必要になる。トリック無しで自動車デザインの基本を守り、デザインを少しも犠牲にはしていないのである。

面造形は先ほどのハッチンソン氏の話を裏付ける完成度の高さを誇る。特にドアのピークがリアフェンダーに至り、コンビネーションランプ上のテールエッジに流れ込むラインは、477馬力のパワーを絶妙なウェッジによるバランス感覚で見事に表現しきっている。流石に時間をかけて練りこまれた造形には気品がにじみ出ていて、他のクルマを寄せ付けない威厳すら感じてしまうのは私だけではないはずだ。

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究極の美を支える最新技術

美しく洗練されたクレイモデルどおりにアルミボディの量産車を作るため、アストンマーティンは今時点で考えられる最高技術を導入している。

軽量化し動力性能を最大限引き出すため採用したアルミボディは神経質で、プレス成型による精度が出し難い。それを克服するため、ひずみ代(しろ)を見込んだ金型修正をミクロン単位で反映できる世界最高レベルのCADソフトICEMSURF A-Class Surfacingを導入し、熱変形が大きいアルゴン溶接ではなく強力な接着剤によるボディ組み立てを行っている。接着ボディは100分の1mmの精度で接着面が合わないと、想定したボディ強度が得られないという側面もあり、他メーカーでは考えられない極めて精度の高いデザインを実現しているのだ。

ラピードの究極の美は、こうした技術によって支えられている。

D視点:
デザインの視点
筆者:荒川健(あらかわ・けん、Ken ARAKAWA)---DESIGN FORCE Studio b:stile代表。多摩美術大学卒業。1975年三菱自動車入社、初代『ミラージュ』セダンや85年発表のふそう空力走行実験車『MT-90X』を担当(Cd=0.378、大型トラックでの世界記録を達成し15年間破られなかった)。88年マツダにヘッドハントされユーノス『500』、ユーノス『プレッソ』/オートザム『AZ-3』などのチーフデザイナーを歴任。1995年独立しDESIGN FORCEを主宰。パソコンテレビGyaO「久米宏のCAR TOUCH!」にレギュラー出演していた。早稲田大学理工学術院非常勤講師。
《荒川健》

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