【井元康一郎のビフォーアフター】暫定税率をめぐる、自動車業界の“エコ”と“エゴ”

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日本の自動車メーカーには技術だけでなく、社会全体を見通したエネルギーへの取組みが必要だ
  • 日本の自動車メーカーには技術だけでなく、社会全体を見通したエネルギーへの取組みが必要だ
  • ドイツでは自動車の保有に関する税金は比較的安く、代わりにガソリン代の6-8割が税金となっている。

「負けて当然」暫定税率問題、自動車業界の怠慢

ガソリンや軽油など、自動車用燃料にかけられる税金に、本来より高い税額が適用されているという、いわゆる暫定税率。この暫定税率を廃止することをマニフェストに掲げていた民主党が、果たして本当に公約を実行できるかどうかが注目されていた。

民主党が出した結論は、暫定税率は廃止するものの、減らした分だけ環境目的税を新たに上乗せし、課税額は維持されるというものだった。日本自動車工業会をはじめ、自動車関連の業界団体はこぞってマニフェスト破りではないかと猛反発している。

が、自動車税制をめぐるこの駆け引き、自動車業界が負けて当たり前だ。なぜならば、自動車業界がこれまで叫んできたのは自動車の税金を安くしてくれということばかり。総合的にどういう税制にすれば、ユーザーの重税感を緩和しながら、モータリゼーション全体のエネルギー使用量を適切に抑制することができるかといった建設的な提言は全くと言っていいほど行うことができていなかった。その怠慢のツケが今、回ってきたというだけのことである。

◆エネルギー使用削減に効果、ドイツの自動車税とは

世界の自動車税制はバラエティ豊かだ。アメリカのように税負担が非常に低い国から、日本やイギリスのように庶民が自動車の保有を嫌がるほど税の高い国まで多彩。またクルマを買ったり保有したりする時と走らせる時のどちらに税を重くかけるかなど、その中身もいろいろだ。

クルマへの課税についての考え方の違いは、他国をちょっと走ってみるだけで十分実感できる。日本との違いが特に強く実感されるのは、日本と同様にユーザー負担は高いが、日本と違って走行段階での課税が中心の欧州である。

ドイツでは、原油価格が落ち着いた今日でもリッター1.3ユーロ台、日本円にしておよそ180円ほど。ユーロの対円相場が暴騰していたこともあって、リッター250円以上に上昇したこともある。その燃料代の6、7割が税金で、日本よりはるかに高額である。そのかわり、自動車を持つうえでかかる税金は日本よりはるかに安い。

このドイツ方式が正しいかどうかは別にして、エネルギー使用量の抑制には非常に効果的な側面を持つことは確かだ。ドイツ人は遵法精神豊かというイメージがあるが、こと速度制限については破るために存在するものというくらい守らない。郊外での一般国道の制限速度は100km/hだが、100km/hでちんたら走っていると、結構なワインディングロードでも速めのクルマに速度差数十km/hでブチ抜かれたりする。

そのドイツ人も、アウトバーンでの走りはめっきり大人しくなった。日本では環境意識の高まりとよく言われているが、これは半分宣伝のようなもので、ドイツ人に聞くと9割方、燃料を節約するためだという答えが返ってくる。一方、追い越し車線の流れは、以前ほどではないにせよ十分以上に速い。急ぎたい人は燃費悪化の分、お金を余分に支払えばいいのだという感覚である。

満タンにするたびに万札が飛ぶという感覚の燃料代は高いように思われるのだが、走るのに使ったエネルギーの分だけ税金を払うというのは、慣れてみると非常に合理的だ。ドイツはアウトバーンの整備が一般財源で行われており、基本無料であるため、いっそうわかりやすい。この炭素税方式は、交通部門のエネルギー使用量削減、低炭素化にきわめて高い効果を上げているのだ。

◆技術だけでなく社会を見通すビジョンを

日本の自動車業界団体も過去、クルマの保有にかかる税負担を減らし、使用過程での課税とバランスを取るよう主張したことがある。今回の燃料税の暫定税率廃止→環境目的税上乗せで税額維持という方針への反発は、その主張と全く整合性が取れていない。

そもそも暫定税率が適用されているのは燃料税ばかりでなく、自動車税や重量税なども同様。そうしたことに言及せず、燃料に関する暫定税率のみをマニフェストに掲げた民主党の姿勢が単なる大衆迎合であることは、最初からわかりきっていたことだ。

日本の自動車メーカーは、環境・省エネルギー技術の開発にはとても熱心で、世界でもトップクラスであることは確かだ。が、自動車業界というくくりで政策提言を行う段になると、エネルギー使用量を本当に削減するためにはどういう交通システム、環境規制を行うべきか、相手を納得させるような科学的な提言を行えなくなるという悪癖がある。

自動車業界団体は長年にわたって減税を叫び続けてきたが、最近は単なる自動車メーカーの利己的な主張だと捉える向きが、自動車ユーザーにすら広がっている。今回の暫定税率の税額維持というマニフェスト破りも、有権者目線では民主党批判の材料になるが、自動車税制をゼロから見直したビジョンを全く示していない自動車業界が燃料税だけを切り出して批判するのはお門違いだと言われるのがオチだ。

エコカー作りも結構だが、日本という国に根ざして発展してきた自動車メーカーは、日本のモータリゼーション全体のエコ化についても、お上任せにするのではなく、もっときちんと考えなければいけない。さもなければ、メーカーの唱えるエコも、所詮は金儲けのためのエゴでしかないと、消費者から白い目で見られかねない。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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