【AutoStanding】「顧客参加型のインセンティブ」について考える

自動車 ビジネス 企業動向

中古車販売フレンドのインセンティブ施策

中古車販売のフレンドが、購入時に顧客に対して飲酒運転を行わないことやシートベルトを着用することなどコンプライアンス(法令順守)に関する事項が明記された誓約書にサインすることを義務付ける「人にやさしいドライバー宣言活動」を実施している。これに応じない顧客には車を販売しない方針だという。

一方で誓約書にサインした見返りとして購入後一年間を無事故無違反で過ごした場合には、1年点検を無料にし手洗い洗車をプレゼントするとのことである。これには以下のような目的が考えられる。

・他ディーラーとの差別化

コンプライアンス意識の高いディーラーとして認知が広がることにより、他ディーラーとの差別化ができることが考えられる。(ただし、差別化ができたとしても、それが競争優位となり実際に購入にまで繋がるかどうかはまた別の話である)

・整備需要の囲い込み

顧客の整備需要を囲い込むためには初回の需要を獲得することが重要と言われている。購入後一年間を無事故無違反で過ごした場合という条件付きであるが、1年点検を無料で提供することにより初回の整備需要を獲得できる確率が高まり、その後の需要の囲い込みに効果があると考えられる。

・良質な中古車の確保

顧客が例えば無事故無違反に注意して運転することを心掛ければ、不注意によるちょっとした傷やエクボを減らすことに繋がるとも考えられる。また整備需要を囲い込むことにより、車のコンディションを熟知できるから競争力のある下取価格を提示することが可能になる。さらには顧客との接点を増やすことにより買替機会を効果的に捉えることにも繋がるのではないだろうか。

このようなある目的を達成するために顧客に対して条件を提示し、それを満たした場合にインセンティブを与えるという手法は自動車販売業において昔からよく見られることである。

そして条件やインセンティブの内容に各施策で工夫が施される。今回の場合には「誓約書にサインすること」と「購入後一年間は無事故無違反であること」という条件を提示し、それを満たすと「1年点検と洗車が無料」というインセンティブを与えるという形をとる。

◆実行主体からみたインセンティブの類型

インセンティブ施策を立案し適用するまでのプロセスは次の3つのプロセスに大別される。

1. インセンティブを与える条件を規定して顧客に提示する
2. 条件を満たす
3. インセンティブを与える

この内1と3の実行主体はメーカーやインポーター、販売会社といった売り手となる。ただし2については、条件達成のために特に顧客の持続的・意識的な行動を伴わない「売り手完結型のインセンティブ」と、条件を満たすために顧客が主体的・継続的に行動する必要がある「顧客参加型のインセンティブ」に分けられる。

<売り手完結型インセンティブの例>

例えば、車購入時の値引きやオプションのプレゼント、低金利のローンといったインセンティブがこの類型に該当する。また一定金額までの軽板金修理代の保証を付けたり、点検や車検を割引したりするインセンティブもそうであろう。

顧客には瞬間的に少しばかりの判断が求められるが、その後何かを意識した持続的な行動を迫られるわけではない。

<顧客参加型インセンティブの例>

一方で今回の「購入後一年間を無事故無違反で過ごした場合」という条件は、買い手である顧客の主体的・継続的行動によってのみ達成される。これを「顧客参加型インセンティブ」と呼びたい。

◆顧客参加型インセンティブの効果

「売り手完結型のインセンティブ」は売り手側が持つ一過性の事情の解決策としてオファーされることが多い。インセンティブ施策実行の目的としては販売台数やシェアの目標を達成するためや、モデル末期の販売促進として適用されることが多いのではないだろうか。

また「今なら」や「3月末まで」といった期間の条件を提示することにより、車の必要度はあるものの、次回車検までもう少し期間的猶予があったり、資金的にも充分には溜まっていなかったりといったように緊急度が低い顧客に対して、緊急度を高めて購入時期を前倒しするという即効性のあるインセンティブである。

一過性だが即効性や効果水準が高いインセンティブと言えるだろう。

一方で「顧客参加型のインセンティブ」は売り手側の長期的な課題解決策という意味を持つことが多い。

例えば、割安なメンテナンスパックは一定期間のトータルの整備費用を割安で行うという条件を提示することにより、顧客の整備需要を囲い込むことで安定的な整備収益を見込むことができる。ポイントカードも一定のポイントを溜めると割引や金券を与えるという条件を提示することにより、持続的な収益を見込むことができる。

即効性や効果水準は必ずしも高くないが、持続性や安定性の高いインセンティブと言えるだろう。

◆自動車業界における適用例

自動車も売って終わりのビジネスではなく、その後のアフターサービスがあって初めて成立し、かつ実際には寧ろアフターサービスこそが経営に安定性をもたらすビジネスであるから、「顧客参加型のインセンティブ」をもっと活用する余地があるのではないだろうか。

異業種にはこんな活用例がある。スポーツジムを運営するティップネスは脂肪燃焼コースと筋肉増量コースと体力年齢コースの3コースを設定し、それぞれ脂肪が100g減少する毎に100円、筋肉が100g増量する毎に100円、体力年齢が1歳若返る毎に100円の金券を与えるというインセンティブ施策を導入している。

顧客側から見ると、金銭的なインセンティブよりもスポーツジムに通う効果が明確になり実感できることにインセンティブが働くのではないだろうか。

スポーツジム側から見ると、顧客がスポーツジムに通うことの効果を実感させることで、有料のオプションメニューの購入を促進させることや途中で挫けて辞めてしまう顧客を一定期間囲い込むことができる。

自動車業界では例えば最近トヨタが盛んに訴求している残価設定型ローンに「顧客参加型のインセンティブ」を活用できないだろうか。

特にクローズドエンドの商品の場合には将来の買戻し価格が予め決まっている(走行距離や事故の除外規定はある)から、顧客は保有している期間に車を大事に取り扱おうという意識が薄れがちである。

これに対して満期時点でオイルがきれいとかシートの日焼けが少ない、タイヤが片減りしていない、ボディーの傷が少ない、タバコの臭いがしないといった大事に取り扱ったことによるキャッシュバックを行うのである。

◆顧客参加型という方向性が意味すること

自動車業界でインセンティブというと上記で述べた「売り手完結型のインセンティブ」、つまり販促のための一過性の「仕掛け」の方ばかり注目されがちであるが、スポーツジムの例で見たように「顧客参加型のインセンティブ」という形態も確かに存在する。後者は「仕掛け」というよりも「仕組み」と考えるべきであり、新しい課金モデルとして捉えることもできるように思える。

即ちこれまで商品やサービスを提供した結果として顧客から売り手に対して一方的に流れる形のお金の流れが、売り手と顧客の間で双方向に流れる新たな課金モデルと捉えるのである。しかも、そのお金の流れ方は一律ではなく、顧客の参加の仕方や度合いによって多様なものとなる。

クルマは元来が嗜好品であり、人の嗜好はますます多様化の度合いを高めているが、皮肉なことに嗜好が多様化するに連れて人々の嗜好品としてのクルマへの関心は薄れつつある。

その背景にはあらゆるユーザのニーズに応えようと売り手側が努力した結果、商品やサービスが平準化してきてしまったことと、売り手側への効率の要求が強まった結果、商品やサービスを標準化せざるを得なくなってきたことが挙げられよう。

そこで多様化と効率のトレードオフの解決手段として「顧客参加型」の多様化の方向性が多くの産業・市場で注目されつつあるのである。クルマが嗜好品としての価値を取り戻すために「顧客参加型のインセンティブ」は一石を投じるのではないかと考える。

《》

【注目の記事】[PR]

編集部おすすめのニュース

特集