KGモーターズとチューリング、自動車ベンチャー2社の違いと共通点が示す新しい市場

握手するチューリング CEO 山本一成氏(右)とKGモーターズ CEO 楠一成氏(左)。ただしビジネス上の協業はありえないと双方が断言
  • 握手するチューリング CEO 山本一成氏(右)とKGモーターズ CEO 楠一成氏(左)。ただしビジネス上の協業はありえないと双方が断言
  • KGモーターズ CEO 楠一成
  • チューリング CEO 山本一成
  • KGモーターズ ミニマムモビリティ(プロトタイプ)の内装
  • テストコースを試乗する山本氏
  • チューリングとKGモーターズ、両CEOに聞いた
  • チューリングとKGモーターズ、両CEOに聞いた
  • Turing Kashiwa Nova Factory

テスラ越え、完全自動運転を目指す「チューリング」。一人乗りEVで新しいマイクロカー市場の開拓を目指す「KGモーターズ」。2社の代表が千葉県の柏の葉キャンパスに集まるということで、その場に同席する機会を得た。

柏の葉キャンパスは、チューリングの本社および生産拠点「Turing Kashiwa Nova Factory」がある場所だ。チューリング CEO 山本一成氏がツイッター(現X)でもつながっているKGモーターズ CEO楠一成氏にメッセージを送ったことがきっかけで、両者が対談、情報交換を行うこととなった。

ちなみに両CEOともに期せずして名前が「一成」と同じ字だ。山本氏は「いっせい」であり楠氏は「かずなり」だ。読み方は違うが、目指すものも自動車(EV)という共通点もある。だからといって2社の自動車関連のベンチャーとしてくくることには無理がある。目指すアウトプットや技術、ビジネスが異なることは、両者のニュースなどをウォッチしていればわかるだろう。

チューリングが神奈川県川崎市にオフィスを構えたころから取材している筆者は、改めて両CEOにそれぞれの戦略を確認し、既存OEMとの違いを分析する。

◆小型モビリティは目的達成の手段:KGモーターズ

KGモーターズが小型モビリティとそのビジネスに興味を持ったのは、楠氏の地元、広島特有の土地柄、事情がある。瀬戸内海に面した尾道に代表される坂と路地が多い。「軽自動車でもつらい」土地柄なので小さい車が欲しかったという。ただし、それは大人が4人乗れてちょっとした旅行にも行けるような車ではなく、文字通りの足としての車だ。地方では車は一家に一台ではなく一人一台の感覚だ。全部の車が4人乗りである必要はない。地方で通勤・通学の足の場合はなおさらだ。

それが一人乗り、必要最小限の大きさ・性能、ターゲット価格100万円台というミニマムモビリティの発想につながっている。だが、楠氏にとって「開発中の車は目標達成の手段であって目的ではない」という。

まず自分のニーズがあり、身近な課題の解決、モビリティ問題へのソリューションを考えた結果が「ミニマムモビリティ」だ。逆にいえば、クルマを作りたいとかものづくりをしたいという動機ではなかったからこそ、既存の軽自動車やマイクロモビリティにもない車にたどり着いたともいえる。

◆チューリング山本CEOも気に入った「ミニマムモビリティ」

KGモーターズの「ミニマムモビリティ」の特徴は、まず洗練されたデザインだ。技術先行ベンチャーの場合、多くは機能的な構造やデザインになりがち。機能美はあるものの、正直なところ「かっこいい」「わくわくする」外観、魅力に欠ける。シンメトリックでありながら親しみのあるデザインは女性や子供が素直に欲しくなる形だ。ボディは(サイズの割には)しっかり作り込んでおり、ドアの開閉に手作りカーの安っぽさはない。エアコンを装備し通勤の足などの実用面も妥協していない。

KGモーターズ ミニマムモビリティ(プロトタイプ)

今回、テストコースで山本氏がこの車に試乗したのだが、乗る前から楽しみにしており試乗でも「おもしろい。たのしい」とすっかり気に入ったようだ。予定周回をオーバーして楽しんでいたくらいだ。

現在2025年発売を目指して開発、生産準備の段階だが、苦労している点は、「とにかくスケジュール」だという。ローンチの期日から逆算するといつまでにこのデータが必要、発注はここまでに行う、といった管理に追われている。

◆完全自動運転の車を作ることが目的:チューリング

チューリングの目標は明確だ。「テスラを超える」がスローガンとなっているが、山本氏が目指すのはあくまで「レベル5の完全自動運転車両を量産する」ことだ。この点、じつはKGモーターズの楠氏とは目標の点で明確な違いがある。チューリングにとって(自動運転の)車を作ることが目標だ。その手段がAI(大規模言語モデル)であったりデータセンターであったり、量産可能な工場であったりする。

テスラは独自のアプローチでレベル5自動運転を目指している。チューリングもまたレベル5の完全自動運転カーの量産を目指している。その方式は、深層強化学習(ディープラーニング)をベースとした進路探索と、大規模言語モデルによる進路および制御判断による自律走行技術となる。このアプローチをとっている自動車メーカーは少ない。既存E/Eアーキテクチャに依存する車両は進路や車両制御の判断までAIを適用するのは簡単ではない。画像解析(LiDARの点群解析含む)まではAIを駆使するが、制御ロジックは既存プログラムロジック(わかりやすく言えばIF文:論理判定)で行っている。これは、PL法や企業としての説明責任、国際基準に整合させる意味もある。

だが、運転操作の判断に機械学習やニューラルネット(NN)を使わないため、多角的なセンサー情報によってロジックおよびルールベースの精度を上げる必要がある。レーダー、LiDAR、GPS、3Dマップ、さらには道路マーカーやITSからの情報など制約条件が多くなる。制約条件があるということはレベル4自動運転の域をでられない可能性を強く示唆する。

これに対応するためSLAMという自動運転技術がある。SLAMとはカメラ、LiDARなどToFセンサー、その他を駆使して、初めての場所でもマップを作ってから、あるいは作りながら走行する技術。だが、山本氏は「ロボタクシーやAGVはやらないのか?」という質問に対して「自動運転は目指すけどSLAMはやらない」と明言した。

広義のSLAMはカメラ画像だけで自車位置を把握する手法も含まれるが、この方式を実装した自動運転車両は倉庫内のAGVやロボカーなどになる。これらはGPSは必要としないが、一度は走行エリアを記憶・解析する必要がある。チューリングが目指す完全自動運転は、人間が初めての道でも視覚情報だけで普通に走行できるように、無人でどんな場所でも自律走行が可能な車。山本氏の言葉を借りれば「ハンドルのない車」だ。

23年1月に発売された『THE 1st TURING CAR』

◆日本はイノベーターでないわけはない

「既存OEMはしがらみや継承資産が多く、ドラスティックな改革ができない」という話をしたとき、山本氏から「いつから日本はそんな状態になったんでしょう」と逆に質問された。楠氏からも「たしかに保守的なのはここ10年、20年の話かもしれない。人類の起源や歴史をみるに極東の小国がイノベーターでないわけはない」という主旨の発言があった。即答に窮する質問だった。


《中尾真二》

編集部おすすめのニュース

特集