モビリティ・イノベーションは製品開発から社会デザインへ…山梨学院大学 東秀忠教授[インタビュー]

モビリティ・イノベーションは製品開発から社会デザインへ…山梨学院大学 東秀忠教授[インタビュー]
  • モビリティ・イノベーションは製品開発から社会デザインへ…山梨学院大学 東秀忠教授[インタビュー]

人や物を運ぶ「クルマ」が、技術進化や社会の変化によって公共性をより強く持ち始めたことで、MaaSの社会への実装は自動車メーカーのみで実現することが困難になっている。必要なのは「社会デザイン」を通じたモビリティ革新であると説く山梨学院大学経営学部の東秀忠(ひがしひでただ)教授に話を聞いた。

東先生は、6月28日開催のオンラインセミナー モビリティ・イノベーションの主戦場はどこか?~製品開発から社会デザインへ~に登壇し講演する予定だ。

MaaSの本質は街づくり

---:MaaSの導入に関して、日本は諸外国と比べて立ち遅れているとのことですが、何か理由があるのでしょうか。

東氏:ヨーロッパを見ていると、まだまだ実用化が危ういと思われているような先進技術が、思い切って導入されたケースが見られます。例えば自動運転シャトルのレベル4による運用について言えば、スイスのシオン市のケースがあります。すでに2016年の6月から街中を走っていました。日本では当時、まだ法制度や実証実験のルールについて話していた頃で 、極めて限定的な実験しかしていなかった頃です。一方でシオン市では、日曜日以外は毎日、9時~18時の間運行していました。

---:2016年の時点で日常的に運行していたわけですね。

東氏:そうです。フランスの自動運転車スタートアップであるnavya社のarmaという車両が旧市街地の中をぐるぐる回っていて、予約もいらず誰でも乗れるようになっていました。2018年1月からは2台体制となり、鉄道駅と旧市街地の間の一般道を走る路線が追加されました。

これが何を意味しているかというと、実証実験を徹底的にやれる場所を準備できたことの強みです。シオン市は観光都市で、古い町並みからマイカーを規制しやすかったこと、また山の中腹に位置しているため坂が急で、細い道が多かったことが、シオン市の成功要因のひとつだと思います。

というのも、実証実験の担当者いわく、シャトルのおもなユーザーは老人や子連れとのことでした。さらには小学生や中学生の子どもだけでも乗っていたそうです。

---:いわゆる交通弱者といわれる人たちですね。

東氏:レベル4の自動運転なんて危ないし怖くて乗れない、と敬遠されるのかと思いきや、そういった交通弱者の方々から進んで乗っていたようです。運航速度は時速10キロから15キロとすごく遅いので、危険を感じたらすぐに停止することができます。制動距離は1メートルぐらいですから、乗っていても怖くないし、歩いている近くを通っていっても怖くない。

でももちろん、それだけ遅いと混合交通の中で走らせるのは難しいと思います。他の事例ですが、レベル2の実証実験中、通りかかった一般の車がイライラして急な追い越しをかけてぶつかりかけたことがありました。これは仕方のない一面もあります。自動運転シャトルはそんなにスピードが出せないし、かといって普段そこを走ってる車からしたら、遅い車が走っているわけですから。

そういう事態が起きるのは、実験のための環境整備ができていなかったということなんです。シオン市の場合は、自治体とローザンヌ工科大学、navya社、国営交通のpostbus社がタッグを組んで、きちんとプロジェクトを組み立てて環境整備をしました。細い道しかない市街地で、自家用車がほぼ完全に排除されている環境での循環運行から始めました。旧市街の路地はすごく細い。道幅は約2.5メートルで切り立った路地が多いルートです。

---:そういうルートをうまく設定したということですか?

東氏:そうです。そういうところは人間か自転車がほとんどで、混合交通にはなりにくい。しかも時速10キロぐらいだからぶつかる可能性も低いし、性能的にも安定しますよね。navyaのarmaいう機械の価値が、最大限に高まるような環境をセットしたということです。

それによって、シオン市の実証実験は、レベル4の自動運転シャトルが、社会にとって受け入れることができるものであるという認識を作りました。コントロールされた環境を、実験場ではなくリアルワールドに作ったということが本当にすごいところです。

1年くらい市街地の循環運行をした後で、そこで取ったデータでソフトウェアのアップデート、センサーの追加などをして、満を持して混合交通に入っていきました。そしてこの実証実験は、今年の3月末で終わりました。今は、レベル4からレベル5への移行の準備をしています。

---:レベル5をやろうとしているんですか!?

東氏:レベル4と5の間ぐらいですね。シオン市近郊の街で、事前の予約をすることによって、オンデマンド交通をarmaで行うというプロジェクトが、新しく始まっています。これはつまり、シオン市周辺の人にとって、レベル4のシャトルが街中を走っているのはすでに当たり前で、より深い形で自動運転シャトルが社会に根付きつつあるということです。

このようにヨーロッパにおける実証実験は、今の社会にフィットする“技術”を育てようという観点ではなく、今の技術にフィットする“社会”とはどのようなものか、を見ています。

もう一つの典型例がライドシェアです。UBERのようなライドヘイリングサービスは、当時パリ周辺に溢れていた、あまりにも多い失業者の受け皿にする事も視野に入れて合法化されました。タクシーとは異なる営業許可で、VTCと言います。

この合法化によって、新しいエコシステムが生まれました。 UBERのドライバー向けに車をリースする会社が出てきたのです。ドライバー志望の人は仮免許をもらい、講習を受け、免許を取り、稼ぎからリース代や諸経費を払うというものです。

2015年ぐらいからUBERのサービスが始まって、その年末くらいから合法化され、ちょうどそのころから、パリ郊外の駐車場にUBERで使われるようなリースの高級車が並ぶようになりました。もともと収益用途のリースなので、安いモデルでもリース代が毎週300ユーロくらいかかります。でもリース車の稼働が上がったら、大きなお金を生みますよね。年間5000万人を超える観光客が訪れるパリでは、観光客や市民は便利な交通手段の選択肢を得て、失業者は収入源を得たことになり、多くの人にとって利益となったのです。

---:UBERドライバーもリース料を支払えるくらいの収入があったということですね。

東氏:そうです。シャルル・ド・ゴール空港とパリ市街のあいだを運行すれば1回あたり50ユーロ程度の売上になりますからね。一週間の売上にすればかなりの額になります。そして、一方で様々なモビリティサービスが淘汰されていき、強いサービスが生き残りました。パリでは、EVカーシェアリングサービスのAutolib’がサービス終了に追い込まれました。

一方、ミュンヘンなどの都市では、域内であれば乗り捨て自由なフリーフローティング型カーシェアリングサービスが普及しています。このサービスに登録された車両には、専用もしくは優先の駐車場が設定されたり、路上駐車が認められたりしています。自治体や警察も合意し、カーシェアリングの車に対する優遇を確保しているわけです。

この話は、実はまちづくりと関わっていますよね。路上駐車や駐車場のルールを決めるのも、街づくりのひとつです。

日本の公共交通のあり方は“特殊”

東氏:日本、特に東京にいると気づきにくいのですが、東京をはじめとした日本の大都市圏における公共交通のあり方は、世界的に見れば極めて特殊なんです。独立採算の私企業が、自力でインフラを整備し莫大な利益を上げているという構図が。

公共交通に関して、規制があるとはいえ、日本はかなり競争が厳しいのです。会社は原則として独立採算ですから、中小規模の都市の中でも公共交通における競争が発生しています。

人口密度の高い大都市圏では競争によって運賃が下がってサービスの質が高まり、住民にとって好ましい状況が生まれますが、地方に行くと構図がガラリと変わります。例えば北海道においては、JRですら運賃収入だけでは路線の維持も出来ない。一日に数本しかバスが来ない街も数多くあります。この状況を放置すれば、公共交通が崩壊することが目に見えています。

いっぽうヨーロッパ、例えばフランスにおいては、公共交通は利益が出ないという前提を持ち、基本的には車両を含むインフラへの投資は自治体の仕事です。それを可能にしているのが交通税で、これを使ってバス停やトラムなどのインフラを整備し、サービスのオペレーションは民間企業に入札で委託します。となると、オペレーターとなる企業はサービス運営で採算・利益を取ればいいということになりますから、運賃も低く維持出来る。

そうするとサービスにも、インフラにも積極的な投資ができますよね。フランスは交通税の仕組みを使って、今は人口20万人前後の自治体にまでトラムが入っています。

ちなみにバリアフリーの観点から見ても、トラムは街にとっての価値が高い。車いすの人やベビーカーの人でも路上の平行移動で済むので、アクセシビリティがものすごく高いわけです。街としては、交通の利便性でもって社会活動が活性化し、お金が落ちることで税収が増える。

そういった視点で見ると、レベル4によるモビリティは、新しいテクノロジーの乗り物を社会に導入するための動きです。だからこそ社会デザインという観点を持って欲しいというのが、僕の思いです。人々の移動というのは、クルマだけで完結するものではありません。ゆえにプロダクトだけではなく、社会のありように対して関与しなくてはならないということです。

自動車メーカーでも成功例はあります。テスラはロードスター(テスラの最初の市販モデル。発売は2008年)を作った頃から、長期的な計画として、手頃な価格のファミリーカーを含む複数のモデルを計画しており、これはソーラー発電社会へのシフトを加速させるためだと明言していました。そしてその言葉通り、新型車が出るたびに価格を下げています。

ここで重要なのは、急成長するテクノロジー会社としてできるだけ早くコストを下げて、次の製品を市場に出すためのフリーキャッシュフローはすべて研究開発に充てていることです。

もう1つ重要なのは、発電・充電インフラへの投資です。車への開発と同じくらいの勢いで、スーパーチャージャーを世界中に作ったり、太陽光発電システムやメガソーラーを作っていますよね。これはつまり、社会の現状に合ったプロダクト作るのではなく、プロダクトのために社会を作り変えようとしているということに他なりません。

燃料電池車の市販が始まってから、水素ステーションはいくつ増えたでしょうか。これは本当に由々しき問題なんです。新しいプロダクトを開発することのみならず、それが活用できる社会の建設により積極的に関わっていくことが求められているのです。

プロダクトのために社会があるのではなく、社会のためにプロダクトがある。社会づくりとどう関わるかというところに意識を持っていかなければなりません。特にモビリティに関しては、もはや社会抜きでは考えられないというところを特に強いメッセージとしてお伝えしたいと思っています。

6月28日開催のオンラインセミナー モビリティ・イノベーションの主戦場はどこか?~製品開発から社会デザインへ~はこちら。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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