次世代モビリティは破壊的イノベーションとなりうるのか?…法政大学 糸久正人氏[インタビュー]

次世代モビリティは破壊的イノベーションとなりうるのか?…法政大学 糸久正人氏[インタビュー]
  • 次世代モビリティは破壊的イノベーションとなりうるのか?…法政大学 糸久正人氏[インタビュー]

CASE/MaaSを前提とした次世代モビリティ社会の実現が現実味を帯びてきた現在、自動車メーカーはどのような役割を果たすのか。法政大学 社会学部 大学院公共政策研究科の糸久正人准教授に話を聞いた。

糸久氏は、5月26日開催のオンラインセミナーで講演する。 次世代モビリティは破壊的イノベーションとなりうるのか?~既存自動車メーカーの死角~はこちら。

---:次世代モビリティにおいて、自動車メーカーはどのような役割を果たしていくと思われますか。

糸久氏:次世代モビリティにおけるコア技術とは何かということを特定するため、トヨタと共同で特許分析をしました。

その結果、コア技術は大きく3つの領域に分けることができます。まず、クルマの中の制御系の技術。そして、上空の通信系の技術。さらに、路車間通信や車車間通信といった、上空と地上部分のクルマをつなぐような中空の領域です。

既存のOEMは、クルマの中の技術と中空の技術に強みを持っています。テック系といわれているのは、Googleなども含むIT企業で、上空や中空の部分に対して非常にたくさんの特許を持っています。こういったすみ分けがあります。

基本的に自動運転やMaaSを実現するためには、フルのセットというのが必要なのですが、そのすべてを持っている企業は存在しません。したがって、自動運転やMaaSを考える上で、OEMとテック企業の関係は「VS」ではなく、プラスの「コ・イノベーション」であるということは、データからも見て取れますし、アメリカではすでにそういう議論がなされています。

では、OEMとテック企業が組めばいいのかというと、実は両者の間で利益配分をめぐるジレンマというのが発生してきます。これをゲーム理論の「鹿狩りゲーム」の話で説明します。

例えば、OEMとテック企業がそれぞれで狩りをすると、それぞれウサギを狩ることができます。しかし両者が協力すれば、より大きい鹿を狩ることができます。

鹿のほうが肉の量が多いので、当然利益は大きくなります。ただし、利益配分を考えたときに、おそらくテック企業のほうが大きく取るだろうということが考えられます。つまりOEMは、協力して鹿を狩るほうが、単独でウサギを狩るよりも利益が増えても、新しく来るパートナーであるテック企業に、より多くの利益を持っていかれるのは嫌だと思う。そういう心理状態のことをゲーム理論では「鹿狩りゲーム」と呼んでいます。

まさに同じようなことがOEMとテック企業の間で起こっています。強いOEMは新興のテック企業と組むような形になり、Googleなどの強いテック系の企業は中堅どころのOEMと組む形になっています。そのため強者連合は生まれにくく、強弱連合の提携関係というのが生まれてきます。そして多くのエコシステムが形成されることで、エコシステム間競争というものが発展してくるというのが、今の状況です。

---:なるほど。ではそのなかでもどこが覇権を取るということでしょうか。

糸久氏:当分の間はエコシステムが乱立して、競争していくと思います。

カリフォルニアの運輸局が行った実証実験のデータでは、累積走行距離に対して自動運転解除率が決まってきます。つまり走れば走るほどAIの性能は上がっていきます。もちろん、企業ごとに自動運転解除の設定の仕方というのは若干、異なりますが。

単純に考えると、たくさんインストールされているほうが勝つということです。早くやったほうが、最も性能のいいAIを手に入れることができるわけです。AIでつくられたプログラムは、モノと違ってコピーコストがかからない上、輸送費もかからないので、みんながベストなものを使いたいと思うはずです。そういう現象のことをWINNER-TAKE-ALLと呼びますが、AIの部分は、こういった状況になってくるだろうと思います。

ただ、ここで問題になってくるのは、すべてのデータを世界共通にできていないという点です。データをどこまで共有するのかという話があって、自国内で閉じるべき個人情報、そして同盟国で共有可能なデータ、そしてグローバルで流通しても問題ないデータというようにデータのすみ分けが必要になってきます。

テスラも、中国で得られた走行データなどがアメリカに渡らないよう、厳しく監視されているように、基本的にはローカルで閉じたようなデータになってくるだろうと思います。そうなると、基本的にテックの部分というのは、ローカルレベルでのWINNER-TAKE-ALLとなるのではないかと考えています。最終的には、ローカルレベルのWINNER-TAKE-ALLであるテック企業とOEMの組み合わせという構図で落ち着いてきています。

---:国ことに勝者が決まるということですね。

糸久氏:はい。以上の現状認識の下、日本自動車メーカーには、いくつかの死角があると考えています。まず、基本的な構図は「OEM」プラス「テック」です。それぞれが重要であるからこそ、両者が組むことによってエコシステムが形成されていくわけです。

OEMが担っているクルマの中の技術の部分に関しては、EV化することでモジュラー化につながるだろうと考えています。特に電池は性能を決める重要なものになると思いますが、それを内製するのか外注するのか。テスラは内製していますが、日本メーカーの多くは外注しています。これは、IBMが、一番重要なチップの部分をインテルに出してしまって、そのままモジュラー化してしまった状況と似ているのではないかと思っています。

もう一つは、台湾のホンハイの動きです。ホンハイが立ち上げたEV開発プラットフォームに日本の企業が続々と参画しています。自動運転ソフトを開発するティアフォーをはじめ、日本電産などの技術を持っている企業の参画が増えています。そして、1300社以上がエコシステムをつくり、自動運転のプラットフォームをつくってしまいました。

EV化によってモジュラー化やプラットフォームの技術が進んでくると、OEMが持っているすり合わせの技術が無効化されかねません。そういう意味でもホンハイの動きには注目したほうがいいだろうと思っています。

2つ目は、自動運転や次世代モビリティにおいては、ルールづくりが非常に重要になってくるという点です。ルールづくりは、ある種、集合行為と捉えられています。集合行為というのは、みんなで協力することによって形成されるものの、成果物は共有されるという特徴を有しています。そのため、経済合理的な主体はフリーライドすることが望ましいために、企業としてはルールづくりになかなか本腰を入れにくいという問題が生じます。

こういう集合行為は、日本の場合、今まではエース級の人材は投入されにくいという状況でしたが、ルールづくりが重要になる以上、もっとエース級の人材を投入してやっていかなければいけません。これは、オープン&クローズ戦略や標準化といった話につながってくるのですが、この辺の戦略性が欠如しているというのが2点目です。

---:要するに日本のメーカーは標準化が下手だということですか?

糸久:基本的にはそうです。戦略性があまりないということです。ドイツなどではメーカーがアカデミックレベルで提携していますが、ドイツの場合は、必ずプロフェッサーエンジニアリングで企業にひもづいた人が出ているなど戦略性を持っています。

――企業の息かかったアカデミックな人材が標準化づくりに参加していて、ある程度企業の意向を反映する標準化活動をしているということですか?

糸久:そうですね。AUTOSARもそうだと思いますが、オープンにする部分はオープンにする部分で、共同でやるのですが、そのオープンの部分と連動させてクローズドにしていく、利益の源泉という部分を持っていて。そのあたりの戦略性を持っていません。

それから社会的合意形成の難しさという点は、例えばテスラが事故を起こした、といったときに、その背後には、交通事故を減らすという大義名分の議論をしっかりしていて、社会的な合意形成というのが成されている状況があるわけです。一方日本の場合は、そういう議論をまったくせずに実証実験を進めてしまっているので、何かが起こったときには社会的に非常に難しくなります。

もう一つは、日本の国の施策としても、例えばタクシー業界など、既存の業界に配慮した形での施策しか取りにくいわけです。だからどうしてもそこに引っ張られてしまって、Uberのようなサービスをスムーズに導入できないわけです。海外のほうは、うまく社会合意形成をしていて、どんどん進めています。このような動きがデファクトになってくると思います。

---:特許の話に戻りますが、次世代モビリティあるいはMaaSを実現するプレイヤーとしては、どのような企業が強みを持っているのでしょうか。

糸久氏:トヨタ、フォード、GMといった既存の企業は、クルマの中の技術と、ナビゲーションや位置コントロールといった技術は持っています。一方、自動運転の中心的な技術である、例えば画像認識や通信、データベース解析、この辺は完全にGoogle、IBM、インテルといったところが持っています。

基本的には、こういった技術を全部持っていなければ、自動運転、次世代モビリティのシステムというのはできません。自動車メーカーの立場から見ると、画像認識や通信、データベース解析などの技術は遅れているために、基本的には組んだ方が効率的です。

技術的に見た場合、トヨタとGoogleが組めば一番相性はいいわけです。ですからGoogleはトヨタと組みたがっているでしょう。トヨタの側はそうではないのです。なぜかというと、先ほど説明した鹿狩りゲームの概念で、協力すればお互いにいいものができますが、おそらく利益配分はGoogleのほうが多くなるだろうと考えられるからです。ですからトヨタは、自分たちでベンチャーを見つけて提携しながらやっています。

Googleは、トヨタやフォード、あるいはGMと組むことができないので、中堅どころのフィアット、ジャガー、FCAなどとうまく組んでやっています。そういった意味で、いろいろなエコシステムができてきているという話です。

---:そしてそのエコシステムは地域ごとに勝者がいるということですね。

糸久:そうですね。ITの世界だけで考えると、GAFAのような形でグローバル独占になります。でも例えばUberやシンガポールのGrab、日本のジャパンタクシー、中国のDidi、などライドヘイリングは地域限定になっています。セキュリティの問題があるので、走行データといったデータすべてをグローバルで共有するということはないと思います。

また日本の場合は、タクシーのように既存の産業にたいして国の規制がかけられるので、単純なITの世界のグローバル独占にはならないでしょう。

---:そうすると例えば、日本はトヨタのエコシステムが制覇して、アメリカはGoogleのエコシステムがデファクトになり、中国はバイドゥになり、ということも起こりうるということでしょうか。

糸久:可能性はあります。

――そうすると、トヨタとしては面白くないですよね。トヨタは世界中に事業展開しているわけですから。

糸久:そうですね。問題は、日本で通信や画像認識、データベース解析といった分野を誰が握るのかということですが、そこに強い日本企業はあまりいません。トヨタは独自に「Woven City」の中でいろいろやろうとしています。あまり情報公開されていませんが、ロボティクス分野の第一人者のジェームス・カフナーCEOのもと、今後の動きに注目しています。

ただし、特許データの分析結果では、データ計算や画像認識、あるいは予約システム、商取引、通信など、MaaSに必要なビジネスモデル特許は、トヨタはGoogle/Waymoに圧倒的にかないません。車両系の特許では強みを持っていますが、これもEV化されてしまったらキャンセルされてしまう可能性があるので微妙なところです。

---:特許の面で見るとGoogle/Waymoは圧倒的ですが、言い方を変えると、この領域のプレーヤーはGoogle/Waymo以外には誰もいないということでしょうか。

糸久氏:もう一つIBMがあります。ダイムラーが組んでいます。

---:いずれにせよ、この辺の強みを持っている自動車メーカーはいないので、どこか強いところと組まなければいけないわけですね。

糸久氏:そうですね。次世代モビリティの自動運転とかMaaS、そのあたりを考えると、技術的に足りないという話ですね。

---:OEMとしての強みがEV化・モジュール化によって失われるという点についてですが、例えばホンハイは、部品の調達や低コスト化も上手いでしょうし、iPhoneという高品質のプロダクトを大量に作る力を持っています。そしてホンハイだけではなくいろいろなところがEVをやっているようですが、自動車メーカーにとってはどのような脅威になってくるんですか?

糸久氏:モジュール化が進むと新規参入がしやすくなるので、中国やアメリカの新興メーカーがどんどん入ってきやすくなります。

---:Appleなどのブランドを持っている企業がODMでEVを作らせて、というようなことも考えられるのでしょうか。

糸久:そういう可能性も十分にあると思います。Apple Carも。

---:彼らは、サービスづくりやサブスクのエコシステムを持っているので、彼らのユーザー体験にモビリティをうまく巻き込んでいけば、人々はそちらに興味を持つようになるかもしれませんね。

糸久:そうです。その辺は、モデルケースをつくって学生に意識調査してみたいところです。例えばトヨタのガソリン車とハイブリッドのクルマとEVのクルマ、そしてAppleのクルマの買い切りと、Appleのサブスクモデルのシェアリング。仮に値段を設定して、どれを選びますか、という感じで。

糸久氏が登壇する5月26日開催のオンラインセミナー 次世代モビリティは破壊的イノベーションとなりうるのか?~既存自動車メーカーの死角~はこちら。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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