【井元康一郎のビフォーアフター】被災地の復興にスマートグリッドという選択

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津波で壊滅的な被害を受けた宮城県山元町付近(撮影=石田真一)
  • 津波で壊滅的な被害を受けた宮城県山元町付近(撮影=石田真一)
  • トヨタ自動車の輸出拠点(撮影=石田真一)
  • 津波に流された電車(撮影=石田真一)
  • 横浜で行っているスマートシティプロジェクト

■復興の過程で新たな価値を生み出す

東北地方太平洋沖地震によって、同地方の三陸海岸を中心に、沿岸の都市、村落の多くが壊滅的な被害を被った。被災地の復興は、住宅や企業などの建造物やクルマだけでなく、道路、電力供給網など社会生活のための基盤を同時並行で進めなければならず、そのためには膨大な資材、資金と長い時間が必要だ。

まさに未曾有の厄災としか表現のしようがないが、起こってしまったことは元には戻らない。その復興のプロセスを通じて新しい何かをつかみ、払われた犠牲を別の形ででも何とか埋め合わせていくべきだ。

その方策のひとつとして挙げられるのが、壊滅した地域の電力インフラを最新技術を駆使したものに置き換えた『スマートグリッド特区』化するというものだ。

スマートグリッドとは、電力網に蓄電機能を持たせ、電力需要と発電量の状況によって、余った電力を蓄えたり、不足分を放出したりすることができるシステムだ。このシステムが完成すると、たとえば電力消費量が少なく、発電所の熱が余ってしまう夜に電力を蓄えておき、それを昼間に回すことができるようになる。また、クリーンエネルギーではあるが、需要に応じて電力を得られるわけではない太陽光発電や風力発電を、より良く活用することができるようになる。

■スマートグリッドのリスクと期待

アメリカのオバマ大統領が看板政策として掲げる「グリーンニューディール」構想の中で、EVのバッテリーをスマートグリッドの蓄電装置として利用することを提案したことから、世界の自動車業界でEVブームが巻き起こったことは記憶に新しい。

が、スマートグリッドの技術進化はまだまだ道半ばで、大規模な送電網でそれを具体化した例は世界でもほとんどない。スマートグリッドは良いものだということは世界各国の政府が認識しているが、現実には普及どころか、大規模実証実験にすら取りかかれていない。

「送電網はただでさえ規模が大きいため最新技術を試すには資金がかかりすぎることに加えて、既存の電力網に違うシステムを導入したときに万が一深刻な障害が発生したらという、リスクを恐れる気持ちもある」(重電大手幹部)

人間の生活や産業活動に使われるエネルギーは安定性の高さとコストの安さが命。スマートグリッド技術はまだその域に達していないのだ。アメリカでも昨年秋にグリーンニューディールを掲げる与党民主党が共和党に“歴史的敗北”を喫してからというもの、コストの高いスマートグリッドや再生可能エネルギーの普及推進が難しくなってしまった。

その点、今回の震災からの復興は実証実験を進めるためのまたとない機会となり得る。ほぼ全壊したインフラの再整備にはどのみち巨額の資金がかかるため、最新鋭の技術を試すための金銭面のハードルが低いことだ。また、新規にエネルギーインフラを敷設する場合、既存の電力系統との接続ポイントを最初から少なく設計し、系統連系をやりやすくすることも可能だ。

「最も期待していたアメリカでスマートグリッド構想が後退して、どうなることかと思っていました。確かにスマートグリッド技術はまだ成熟していませんが、それでも当社の技術をはじめ、日本の技術を使えば必ず良いシステムを作り上げられると思いますし、そもそもそうしていかなければ世界では勝てない」

狭い地域内の電力供給を最適化するマイクログリッドの技術を持つパナソニックのある幹部は、被災地の地域電力網再生への新技術投入に意欲を示す。発電・送電配電技術を持つ強電各社、電力需要の把握やスマートグリッド制御に関わるIT企業、また風力、太陽光、マイクロ水力などの再生可能エネルギー利用技術を持つ企業など、多くの企業が同様の期待感を持っている。

■立ちはだかる電力行政の壁

今が新技術の試し時であるというもうひとつの理由は、福島第一原子力発電所の大事故によって、電力会社および監督官庁である経済産業省の影響力が後退していることだ。

日本での電気に関する様々な事象は、電気事業法という法律で規制されている。電力供給は前述のように、安定性と経済性が命である。同法はそれを維持するために大事な役割を果たしてきたが、一方で、法解釈しだいでは新しい技術の多くが排除されてしまうような、雁字搦めの法律でもあった。その解釈は電力会社と強力なタッグを組んでいる経産省、資源エネルギー庁が握ってきた。

本来もっと便利になるはずのものが、電力行政の規制によってスポイルされてきた例は枚挙にいとまがない。たとえば天然ガスや灯油を改質して得られる水素で発電し、余った熱でお湯をわかす燃料電池コジェネレーションシステム。筆者は数年前、あるメーカーで高価ではあるが、低コスト発電、ボイラー、非常用電源の三役を兼ねられるのならニーズはあるのではないかと質問したことがある。それに対する開発者の答えは「そうしたいんですが、電力関係だからできないんです」というものだった。

「燃料電池コネジェはガス、灯油など複数のエネルギーソースのものがありますが、いずれも余剰電力を電力会社に買い取ってもらうことを前提としている。そのシステムが自律的に稼働することは、電力会社としては既得権益を損なわれることになる。それが我慢ならないのが電力業界」(石油業界関係者)

今回の震災で、燃料電池コジェネが自家発電できない理由について、複数のマスメディアが電動ポンプを動かすのに電力が必要だからという解説を掲載していた。が、普通のクルマが車載の発電機で必要な電力をまかなえるように、燃料電池コジェネも自律発電させることに何の技術的問題もない。要は、電力会社と行政の意向でそうさせられているだけの話なのである。

■今こそ自動車業界から電力業界への積極的な働きかけが必要

これはスマートグリッドで蓄電装置代わりに使えると自動車メーカーが宣伝しているEVも同様だ。現在、日本で販売可能なEVは、基本的にバッテリーに充電するのみで、バッテリーから電力を放出するプロトコルを持っていない。バッテリーの耐久性に関する技術的な課題があり、自動車メーカーのエンジニアの多くが「EVは道路を走るのが本来の使い方」(日産自動車の車両開発担当)、「スマートグリッドで使った場合のバッテリーの劣化については保証する自信が持てない」(三菱自動車の出力制御装置開発担当)などと、消極的であったという側面もある。が、それ以上に大きな障害となっているのが、電力行政の壁だ。

EVが放電可能になると、たとえばある地点でEVに充電した後、別の場所でその電力を他人に提供できるようにもなる。電力ネットワークの中で、電力事業会社以外の人が勝手に電気を売るのはまかりならんというのが電力行政の基本スタンスだ。EV関連でこれまで公に認められたのは、発電機やバッテリーを搭載した電源車がバッテリー切れで立ち往生したEVに充電することだけだ。送電ネットワーク外のスタンドアロンな出来事として、しぶしぶ認めた感が強い。

自動車業界もこれまでスマートグリッドとEVの有効活用について、事あるごとに提案を行ってきたが、その提案はあくまで意見陳述としか受け取られていない。法解釈をどうするかはすべて、経産省と電力会社のタッグの胸先三寸であり、電力行政の基本部分はほとんど変わっていない。

この電力に関する雁字搦めの状況を突破するのは、今を置いて他にない。そもそも電力供給のあり方を技術面も含め、電力会社と行政が全部の元締めとなって決めていたこと自体おかしな話なのだ。電力関係の技術を持っている企業、家電やEVなど電力のユーザー側の企業、電力ビジネスへの投資部門など、得意分野を持つ参加者の幅を広げていけば、スマートグリッドの技術やビジネスモデルの進化はそれだけ早まる。

被災地をスマートグリッド特区として技術を高め、また東北電力がスマートグリッド化で電力不足から電力余剰に転じることができれば、余った分を高値で東京電力に買い取らせ、その利益をさらなる被災地の復興資金として活用するという手もある。

スマートグリッドの蓄電装置としてEVを使うのが本当に良いことかかどうかということを含め、EVはまだまだいろいろなことを検証しなければならない“未来技術”である。被災地に利便性を提供しながら、将来のノウハウを蓄積していくという両取りを実現するためにも、自動車業界は他の業界にも増して積極的に電力業界に働きかけを行っていくべき時だ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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