クリーンディーゼル車生産に名乗りを上げた三菱
世界トップクラスの厳しい排出ガス規制であるポスト新長期規制をクリアする、いわゆるクリーンディーゼル乗用車作りに三菱自動車が名乗りを上げた。
三菱のクリーンディーゼルは主力オフロードSUV『パジェロ』(9月2日発表、9月16日発売)の改良型3.2リットルディーゼル。2年近く前の08年10月に復活させた旧規制である新長期規制対応ディーゼルのエンジン本体と排気系の両方に大幅な改修を加え、格段に厳しいポスト新長期規制に対応させたものだ。
このパジェロディーゼル、改良前から一定の人気を保っていた。ポスト新長期規制対応前はクリーンディーゼル購入補助金などの助成制度の対象外だったが、それでも「3リットルV6がエコカー減税の対象になるまでは、販売台数の半分以上をディーゼルが占めていました」(三菱関係者)という好調ぶりで、重量級SUVの世界でのディーゼルの潜在需要の高さを証明した。
ポスト新長期規制対応モデルは価格が上昇してしまったが、その上昇分を上回るクリーンディーゼル補助金を受けられるようになった。加えてエコカー減税でもハイブリッドと並んで免税の優遇措置もあることから、ふたたびディーゼル車の販売比率が上がる可能性は大いにある。
◆三菱、もうひとつのディーゼルエンジンの存在
だが、グローバル市場における三菱のエコカー戦略の中で、このパジェロディーゼルのウェイトは大きくはない。より多くのユーザーの関心を呼びそうなエンジンは他にある。パジェロ改良モデルの発表当日、三菱は同社の環境対応ディーゼルエンジン全般に関する説明会を行った。その中で紹介された乗用車向けの「4N」系小型ディーゼルがそれだ。
4N系には2機種あり、ひとつは今年5月に投入された4N13型1.8リットル直4。もうひとつは「今年中に搭載モデルを発売する計画」(三菱関係者)という、より排気量の大きな4N14型2.2リットル直4だ。パジェロ用のクリーンディーゼルが90年代から改良に改良を重ねて使われ続けてきたエンジンであるのに対し、この2機種は文字通り最新設計のディーゼルだ。
ディーゼルとしては世界でも珍しくカムシャフトに可変バルブタイミングリフト機構「MIVEC」を装備し、運転状況によっては圧縮比を14.9まで下げ、コモンレール燃料噴射システムも最大蓄圧が2000気圧に達する最新のもの。エンジン本体は軽量なアルミで作られ、常に理想的な運転状況を維持するために重要な燃焼室まわりの熱移動など、エンジンの素質を決める基本設計も最新のシミュレーション技術を駆使して作られているという。スペックは、すでに『ASX』(日本名:『RVR』)などに採用されている1.8リットルが最高出力150馬力。近く投入される2.2リットルは最もハイチューンなもので200馬力超になるものとみられる。
これらの新鋭ディーゼルエンジンを搭載したモデルが日本国内でデビューすれば、ユーザーにとっては低燃費技術の選択肢が増えることになる。が、現時点では国内投入の計画はないという。「日本では(普通のディーゼル乗用車の)販売は伸びない」(三菱幹部)とみているのがその理由だ。
◆ディーゼル日本投入に消極的な自動車メーカー
この戦略は、あながち間違っているというわけではない。今日、日本ではディーゼル車は売れないということは半ば“定説”となっている。日本メーカーばかりでなく、EURO5+(実質EURO6に相当)対応のエンジンをラインナップしている欧州メーカーを見回しても、日本へのクリーンディーゼル車投入には消極的だ。
アウディが日本へのディーゼルモデル投入計画をキャンセル。高性能ディーゼルで存在感を示すBMWも「日本ではディーゼル車へのイメージがネガティブだから」(BMWジャパン首脳)と、検討自体をほとんどやっていない。今のところ、メルセデスベンツが1社気を吐いている状況だ。
が、日本で本当にディーゼルはまったく売れる見込みがないのかというと、そうとも言い切れないところがある。日産『エクストレイル』は8月にマイナーチェンジされた際、クリーンディーゼルにAT仕様を追加。1か月後の受注約8900台のうち、最も高価なクリーンディーゼル(2.5リットルガソリン比で約50万円高)の販売比率が35%に達したという。
東京都内にあるホンダカーズ販売店の社長は、06年にホンダがクリーンディーゼルを日本に投入する計画を発表したさい、ユーザーからの問い合わせが相当寄せられたと振り返る。「特に他ブランドのお客様からのお問い合わせが多かったのが印象的。『CR-V』に載るのか、『アコード』には載らないのかと、いろいろ聞かれました。開発中止になって失望感を与えてしまったのが残念でしたが」
◆クリーンディーゼルの可能性
クルマのエコ技術を巡って、旧来の常識がいつの間にか通用しなくなっていたというケースは少なくない。ディーゼル以外ではアイドリングストップも好例だ。
自動車ビジネスにおいては、日本のユーザーにはアイドリングストップは到底受け入れられないというのが“定説”となっていた。が、日産がコンパクトカー『マーチ』でアイドリングストップによる燃費向上をうたったところ、ユーザーからは非常にポジティブに受け止められた。
新型は新興国市場向けの仕様となっており、「先進国向けとしてはスペックが低い」(ライバルメーカー社長)と言われている。製造もタイで行われ、もはやメイドインジャパンではない。にもかかわらず、新型が存在感を大いに示せたのは、アイドリングストップによってハイブリッドカーを除くクラス最高燃費を実現したことがユーザーに好感されたからだ。
トルク感が豊かで燃費も良いクリーンディーゼルは、自動車ビジネスにおける“定説”を覆すことができる可能性を十二分に持ち合わせているテクノロジーのひとつだ。定説への逆張りで日産がディーゼル車の潜在ユーザーを掘り起こしつつあるが、続くのは三菱か、トヨタ自動車か、それとも輸入車陣営か。行方を見守りたいところだ。