ベッド脇の常備品 |
フォルクスワーゲン(VW)の初代『ビートル』は、本国ドイツでは「デア・ケーファー」と呼ばれている。ドイツ語でDer Kaeferはカブトムシを指すと同時に、テントウ虫、コガネ虫など、甲虫類全般をも指す。
ビートルの戦前のプロタイプなどは、戦後の量産モデルよりも、さらに甲虫類っぽい。また、そうした意味では、「テントウムシ」と呼ばれたスバル『360』も、拡大解釈すれば「デア・ケーファー」の一部である。
その甲虫類で思い出すのは、ドイツ、オーストリア、そしてスイスのホテルや民宿だ。かなりの確率でベッドサイドに、テントウムシやカブトムシ型をした、ひと口チョコレートが置かれているのだ。
具体的にいうと、半円球のチョコをカブトムシやテントウムシ柄の銀紙で包んだものである。大抵は、紙製の足が底部に付加されている、クルマでいえばフレーム付き構造である。いずれのチョコレートも、グリュックケーファー:Glueckkaefer(幸運のカブトムシ、もしくはテントウムシ)と呼ばれている。
なぜ幸運か? というと理由がある。とくにテントウムシは マリエンケーファー:Marienkaeferと呼ばれ、キリストの聖母マリアの使者として古くから信じられてきたからだ。その起源については地域によって諸説がある。だが、共通するのは、「テントウムシは幸運、金運、結婚運のシンボルであり、追い払ったり、ましてや殺してはいけない」という言い伝えだ。
にもかかわらずボクはといえば、先日イタリアの仕事場に迷い込んできたカナブンを、スズメバチと勘違いして殺虫剤で“誤爆”してしまった。テントウムシではないものの、同じ甲中類。親戚に攻撃を加えてしてまったことになる。ここのところ金運に恵まれないのは、その祟りに違いない。
クルマ好きの影 |
つまり、ホテルの部屋に置かれたグリュックケーファーは、ちょっとした縁起物なのである。
これを自分で買いたい人は、ドイツやオーストリアでスーパーマーケットに行くとよい。菓子コーナーもしくはレジ脇で売られている。1個1ユーロ前後の無名ブランドから「リント」といった有名メーカーのものまで、各種ある。
ところで、グリュックケーファーと一緒に見かけるひと口チョコに、「自動車を模したチョコ」がある。
最初ボクは「こういった類のものは、いかにもクルマに興味がない人がデザインした、モデル名不詳のやつが多いんだよな」などと軽視していた。ところがどうだ。ある日よく見ると、ポリ袋の中のチョコは、ちゃんといくつかの実在ブランドになっているではないか。
先日ボクが手にとった袋には、メルセデス風、アウディ風、VW風、そしてアルファロメオ風が入っていた。詳しくいうと、メルセデスは『SLクラスR129』、アウディは『S2クーペ』、VWは6ライトの形状からして「B5」といわれる5代目『パサート』、そしてアルファは現行『GT』といったところか。
究極のリアリティとはいえないまでも、作る側にそれなりのクルマ好きの影を感じた。とくに数ある外国車のなかから、アルファロメオが選定されていることは、イタリアに住むボクとしては、それなりに嬉しかった。そんなわけでボクは、その自動車型ひと口チョコ袋を買ってしまった。
クルマ型チョコの後味 |
さて、イタリアに帰って、さっそく食べるために銀紙を剥がしてみる。子供の頃食べていた、不二家のチョコレートは、剥がした銀紙を平べったく延ばすと、ペコちゃんの顔がやたらブスになったものだが、今回の自動車チョコで同様のことをやっても、そこまで可笑しいものではなかった。
それはよしとして、失望したのは中のチョコを手にとった瞬間だった。なぜならメルセデス、アウディ、アルファロメオとも、中身はみんな同じ型で成型されていたのである。「そんな小さく安いひと口チョコで、別々の型を使えるわけないだろ」と諭されればごもっともだ。1980年代の初代フォード『シエラ』を思わせる2ボックスといえば、それもまた楽し、かもしれない。しかし、そうしたこだわりを過剰に期待してしまうのが、クルマ好きの悲しい性である。
同時に、そのチョコは、恐るべきことを語っていた。ボディを1枚剥がせば、メカニズムはみんな同じ……。これって、「昨日の敵は今日の友状態」でなりふり構わぬ提携を結んでい欧州クルマ業界が造る、近未来のクルマを暗示してないか? 甘いはずのチョコレートが、妙に苦く感じられた。
喰いすぎ注意 |