■立ち位置が違うiPodと着うたフル
着うたフルはiPod対抗なのだろうか。
KDDIコンテンツ・メディア本部メディアビジネス部メディアビジネスグループリーダーの神山隆次長は、両者が目指す方向性、音楽ビジネスにおける立ち位置は少し異なる、と話す。
「着うたフルは音楽の裾野を広げることを最大の目的にしています。ケータイによって音楽に触れる瞬間を増やし、音楽ビジネスそのものを広げるのがKDDIの狙いです。その点で(iPod + iTunes Music Storeやmoraなど)既存の音楽配信サービスや音楽プレーヤーと少し違います」(神山次長)
いったい何が違うのか。それが顕著に表れているのが、両者の「音質」に対するスタンスである。
先述のとおり、KDDIは着うたフルサービスの導入にあたり、新たな音楽圧縮技術「HE-AAC」を導入している。同技術は低ビットレート(音楽などを圧縮する際に1秒あたりに割り当てるデータ容量)でも音質の劣化が少ない技術とされている。
着うたフルではビットレートを48Kbpsに設定している。一方、iPodを代表とするHDD型のポータブル音楽プレーヤーで一般的に用いられるビットレートは128Kbps以上だ。
今回、KDDIから借りた試作機にはオレンジレンジの「花」や東京スカパラダイスオーケストラの「さらば友よ」が試聴用に用意されていた。幸い、筆者はオレンジレンジの「花」の音楽CDを持っていたので、それをiTunesの標準的なビットレートである128Kbps(コーデックはACC)でリッピング(録音)し、第4世代iPodに転送して、同一のヘッドホンを使用して比べてみた。
結論からいえば、着うたフルとiPodの音質では、やはり後者の方に軍配があがる。室内でしっかりと聞き比べれば、音の厚みや再現性に「差」は確かにある。しかし、電車の中や街の雑踏など、そもそもノイズの多い場所で聴けば、音質の差はほとんど感じない。
音楽プレーヤーならば、“よい音”を追求するのはあたりまえのことだ。例えば大容量化したiPodは耳が肥えたユーザーのためにApple Lossless Encoderという容量は食うがCD音質そのままというコーデックも用意している。
だが、着うたフルは、やみくもに高音質・大容量を追求する考えではないという。
ひとつには通信帯域の問題がある。
電波を使って通信をする携帯電話では、基地局あたりのカバーエリアで処理できる通信容量(帯域幅)が限られている。ユーザーが大容量コンテンツのやりとりを大量に行えば、そのエリア内での帯域が足りなくなり、通信がスムーズに行われなくなる「輻輳」と呼ばれる現象が起きる。
着うたフル対応端末は、通信速度が速く、帯域あたりの利用効率がいい「1x EV-DO」と呼ばれる最新技術を実装しているが、着うたフルで高ビットレートを使えばコンテンツのデータサイズが大きくなり、通信帯域の問題が大きくなる。ADSLやFTTHなど通信帯域が広く高速な固定網を使う音楽配信サービスのように、簡単にコンテンツの高音質化ができない事情があるのだ。
しかし、それよりも理由として大きいのが、KDDIが着うたフルを、必ずしも「音楽CD販売に代わるもの」と考えていない点だ。
「着うたフルは、ラジオやテレビ、もしくは街中のBGMで『あ、気になるな』と思う曲があった時に、すぐにダウンロードして聴けるのが強みです。そして、その曲がすごく気に入って、何度もじっくりと聴きたいと思ったら、EZ MUSIC!のサイトから音楽CDを買っていただきたいと考えています」(神山次長)
着うたフルは「音楽CDの代わり」ではなく、音楽CDを購入する前に、気軽にその曲を楽しめる新しいステップになることを目指している。目指しているのは、カジュアル音楽市場の創造である。
だからこそ着うたフルの音質は、音楽が十分楽しめる音質ながら、その曲が気に入ったら音楽CDを買って“もっといい音”で楽しみたいと感じる。そのバランスの上に立脚しているのだ。