YASAモーターとは何か? 古くて新しい軸方向磁束を採用、メルセデスの次世代モーターの真相に迫る

6月中旬にメルセデスがカリフォルニアで開催したプレスイベントは、新コンセプトカーのビジョン・ワンイレブンのデビューの場であると共に、YASAモーターを初めて詳細に紹介する機会でもあった。
  • 6月中旬にメルセデスがカリフォルニアで開催したプレスイベントは、新コンセプトカーのビジョン・ワンイレブンのデビューの場であると共に、YASAモーターを初めて詳細に紹介する機会でもあった。
  • 同等性能の従来モーターに比べると直径が少し大きくなるので、底部をフラットにカットすることでパッケージングしやすくしている。
  • メルセデスベンツ ビジョン・ワンイレブン(ONE-ELEVEN)
  • ビジョン・ワンイレブンの床下を覗き込むと、インホイールモーターを示唆するデザインが施されていた。
  • YASAモーター社のCTO、ティム・ウールマー。オックスフォード大学での研究を、実用化段階まで育て上げてきた。
  • ウールマーが見せてくれたスライドのひとつ。Axial Flux Motorは1821年にファラデーが発明した古い技術だという。コイルを巻いたローターにハンドルが付いているので、発電機として考案されたようだ。
  • YASAモーターは軸方向の長さが、同等パワー/トルクの従来モーターの3分の1とコンパクト。
  • さらにYASAモーターは鉄を使う部分が少ないので、重量も従来モーターの3分の1になる。

メルセデスベンツは2021年、モーター開発スタートアップの英国YASAモーター社を買収して完全子会社化した。先日カリフォルニアで発表したコンセプトカーの『ビジョン・ワンイレブン』も、このYASAモーターを搭載している。

メルセデスはなぜYASAに着目したのか? その理由と今後の可能性を、現地取材で探っていこう。

◆軸方向磁束という古くて新しい技術

YASAモーター社の創業者で、メルセデスの子会社になった今もチーフテクニカルオフィサーとして研究開発を主導するティム・ウールマー。彼がYASAを設立する原点は2005年にあった。地球温暖化対策を定めた1997年の京都議定書が、国際条約として発効した年である。

「しかし2005年当時、電気自動車を買うのはほぼ不可能だった。なぜ電気自動車がないのか? 当時の自動車メーカーの多くはまずハイブリッドを念頭に、いずれは電気自動車に使うことも視野に入れつつ、電動パワートレインの研究を始めていた」とウールマー。05年にオックスフォード大学の博士課程に進学した彼は、新たな発想でモーターの研究を始める。

ハイブリッドでもBEVでも、現在の主流は永久磁石同期モーターだ。コイルを巻いたステーターの内側で永久磁石のローターが回転する。コイルに発生する磁束はローターの回転軸に対して放射方向になるので、英語では「Radial Flux Motor」。いろいろ調べても、これを日本語訳する言葉が見つからないのだが…。

それに対してウールマーがオックスフォードで取り込んだのが「Axial Flux Motor」だ。こちらは「軸方向磁束モーター」と訳される。永久磁石同期モーターとは磁束の向きが異なり、それゆえステーターとローターの役割が逆転。ステーターに永久磁石を用い、ローターにコイルを巻く。

「実際のところ、Axial Flux Motorは非常に古い技術だ。200年以上も前にマイケル・ファラデーによって発明された。しかし課題があったため、自動車業界ではRadial Flux Motorが寡占するようになった」とウールマー。「しかしAxial Flux Motorには原理的にさまざまなメリットがある」

ウールマーによれば、Axial Flux Motorはトルク密度もパワー密度もRadial Flux Motorより高い。同じ体積であれば、より大きなトルクと高いパワーを得られ、同等のトルク/パワーであれば体積と重量を減らすことができる。これが原理的なメリットだ。

実用化を阻んできたのは、冷却と生産方法という2つの課題。ウールマーはオックスフォードの博士課程でそこに焦点を当てて研究を進めた。その成果はすでに自動車業界で実績を残している。

◆フェラーリにモーターを供給

研究に目処をつけたウールマーは2009年、オックスフォード大学からスピンアウトするかたちでYASAモーター社を設立した。

従来の永久磁石式同期モーターではステーターのヨークという部分にコイルを巻くが、YASAモーターはローターを分割した各セグメントに巻き線を配置するので、ヨークが存在しない。「Yokeless And Segmented Armature」の頭文字を取ったのがYASAのネーミングだ(Armature=回転子)。

しかし「大学が試作した未成熟な技術に市場はなかった」ので、ウールマーは「レースイベントで技術を鍛えることにした」。パイクスピークのヒルクライムに挑むラトビアのDrive eO社に2013年からモーターを供給し、2015年に『eO PP3』で総合優勝を果たす。BEVがICEより優れたパフォーマンスを発揮できることを実証したのである。

こうして実績を積んだ結果、YASAモーター社はフェラーリへの供給契約を実現させた。『SF90ストラダーレ』や『296GTB』といったPHEVのフェラーリがYASAモーターを搭載している。今やメルセデスの完全子会社のYASAだが、「メルセデスと競合しないメーカーには協力できる。BMWはダメだけど、フェラーリはOKだ」とウールマーは微笑む。

ちなみにフェラーリ向けのモーターは、YASAモーター社がオックスフォードに持つ小さな工場で生産。一方、メルセデスはベルリンの工場のリニューアルを進めており、そこでYASAモーターを生産する計画だ。

◆2つのモーターでトルクベクタリング

取材会場には『EQS』/『EQE』のリヤモーターと、それと同等のパワー/トルクを持つYASAのAxial Flux Motorが展示されていた。Radial Flux Motor=永久磁石式同期モーターのEQS/EQE用に比べて、YASAモーターは圧倒的にコンパクトだ。

「回転軸方向の長さは3分の1で、重量も3分の1。体積は70%減だ」とウールマー。そしてこう続けた。「高性能なBEVでリヤにひとつのモーターを置く場合、出力を上げるために径を大きくするのはパッケージの観点から困難だ。しかしYASAの技術を使えば、2つのモーターを横に並べることができる」

「モーターの長さに注目してほしい」と語るのは、メルセデス側でYASAモーターを製品化する責任者のコンスタンチン・ナイス。


《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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