南インドより、ナマスカーラ!
最近、「インド、製造業育成の好機」という記事を見た(日本経済新聞、2022年10月17日付) 。Financial Times南アジア支局長による記名記事で、タイトルの通り日本の製造業に積極的なインド展開を促す趣旨のものだった。
同記事では、「米・アップルがiPhone14のインド生産を発表したことは、インドがバリューチェーンでの存在感を高めることにつながると同時に、グローバルサプライチェーンの脱中国化が進んでいることの表れだ」と紹介しており、末尾ではインドに根差して地場供給網を構築した製造業の好例としてマルチスズキにも触れられている。最終製品のアッセンブリから始めて数年かけて徐々に現地調達できる部品の比率を高め、最終的には完全なエコシステムを国内に築き上げるのが狙いだというインド担当大臣の話を引き合いに出し、それでも政権が掲げる政策目標値にはなかなか至らない、と指摘する。
確かに記事の内容はその通りで何ら間違いはないのだが、当地に身を置いている感覚からするといささか古い視点に聞こえる。“Made in India”を売りにした米国ブランドのラップトップや中国、韓国ブランドのスマートフォンが売れているのは今に始まった話ではなく、系列サプライヤーを引き連れて自動車OEMが進出してくる伝統的な手法も既に数十年の歴史がある。
◆イノベーションのタネを次々と生み出す「インドR&Dセンター」
2022年8月末に行われたインド事業開始40周年記念式典において、スズキは、日本本社による100%出資の研究開発センターSuzuki R&D Centre India Private Limited(SRDI)の設立を発表し、インド発で国内のみならずグローバル市場にも向けた活動を始めたことを明かした。日本の開発部門と連携してインドの技術系人材を活用することで、グローバル全体での競争力強化を狙うという。日本企業がインドの市場環境・人的資源を活用してグローバルなイノベーションに挑む事例だから、今後、実際の成果報告が上がるようになればこの先行事例は更に注目を集めることになろう。
モディ政権が掲げる“Make in India”政策は単に部品調達先やアッセンブリ拠点の所在地といったサプライチェーンの話にとどまらず、そこで作られる製品の設計、デザイン、更には製品の企画そのものや採用技術を考案、検討するところまで、インド拠点が中核的な役割を担うようになってきている。その際、目の前に実需に裏打ちされた市場が存在したり、現に製品を欲するユーザーがいることが開発活動を促進することは、電動二輪・三輪を始め数々のスタートアップの事例を見ても明らかだ。
IT系やソフトウェア開発といった分野では既に多くの日本企業がインドに開発拠点を有しているが、その実態としての活動は「研究開発」というよりもむしろ「IT工場」といった表現が相応しいケースも多い。比較安価に大量採用できる技術労働者を活かしたBPO(Business Process Outsourcing)としての役割が大きく、何らかイノベーションを目指そうといった類の活動は極めて限定的な範囲に止まるか、そもそも想定されていないことが少なくない。