【意外なヒット】トヨタ ソアラ 初代…ねらいはハイソカーではなかった

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トヨタ・ソアラ初代(1981年)
  • トヨタ・ソアラ初代(1981年)
  • 日産レパード初代(1980年)
  • ホンダ・プレリュード(1982年)はこの時点でシリーズ2代目だった。

年末年始の読み物「意外なヒット」シリーズ。名前を聞けば誰もが知っているヒット作ながら、実は発表当時にはあまり注目されていなかったモデルを紹介していきます。トップバッターはトヨタの初代『ソアラ』。

近年では当時を懐かしみブーム再燃の兆しすら見せる初代ソアラですが、発売当初の思惑は外れ、逆に思ってもみなかった需要から爆発的ヒットを飛ばすことになります。

初代ソアラが発売されたのは1981年とバブル景気までにはまだ数年ありました。海外では日本車はまだまだ非力でコンパクトな実用車という評価に留まっており、その評価を覆し新たな市場を築くための、戦略的車種としての使命を受けてソアラは開発されました。また国内に向けては、戦後の経済復興を推し進めてきた第一陣となる世代のシルバーエイジ化を受けて、お金にも時間にも余裕が出てきた大人のための高級パーソナルクーペとしての需要が期待されていました。今日でいう団塊の世代の引退需要に似た話といえます。

ところが、いざ発売してみると当てが外れて、当時の車としては明らかに大きかった車体や2ドアの不便さから、シルバーエイジからは敬遠されてしまいます。そんな見込み違いの状況を救ったのが、徐々に高まりを見せてきたバブル景気とそれに呼応するように沸き上がった「ハイソカー」ブームです。

ソアラより1年早く登場しその後の良きライバルとなった日産『レパード』、同じトヨタの『クレスタ』『マークII』『チェイサー』3兄弟、ホンダからは『プレリュード』などが白い車体色とともにブームを牽引します。そんなブームの中でもソアラの人気は断トツで、当時若者の間ではソアラに乗ることが最高のステイタスとされ社会現象にもなりました。

ではなぜ、ソアラが並居るライバル達を押しのけナンバーワンの人気を得ることができたのでしょうか? それは、一貫した高級車戦略と惜しみなく投入した最新技術がもたらす本物感の賜物だったといえます。中でも特にこだわったのはエンジンで、ライバルたちが4気筒モデルをラインナップする中、ソアラは全グレードで高級志向の6気筒エンジンに拘り抜きます。当時最新だったヘッドのDOHC化により性能面でも他を凌駕していました。プレミアムなイメージこそが最重要となる高級パーソナルクーペ市場においてこれらは大いなる武器として機能します。ソアラは販売面で本当に手のかからない車だったと評されたほどです。

もう一つの目的だった海外展開に関しては、2世代目まではアメリカの輸入制限などの影響もあり結果的には輸出されなかったのですが、3世代目からは輸出され海外でも好評を博します。

2005年日本でのレクサスブランド取扱い開始にともなう『SC』の発売を見届けて、ソアラの名前は24年の歴史に幕を下ろしました。

《山里真元》

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