【書評】ロマンとソロバン マツダの技術と経営、その快走の秘密

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ロマンとソロバン マツダの技術と経営、その快走の秘密
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ロマンとソロバン
マツダの技術と経営、その快走の秘密
著:宮本喜一
発行:プレジデント社
価格:1500円+税

ハイブリッドカーやEVなどの電動化技術によるクルマのエネルギー効率向上が注目を集める中、あえてコモディティ化(技術の普遍化)が進んだ内燃機関の改良や車体の軽量化を環境技術の主軸に。また既存の大量生産の概念を捨ててクルマの構造と生産ラインの両面から多品種少量生産に適したものに変えるという“逆張り”戦術に出たマツダ。そのトライは「SKYACTIVテクノロジー」「コモンアーキテクチャ」という形となって表れ、クロスオーバーSUV『CX-5』やライトウェイトオープン2シーター『ロードスター』など、独自性にあふれた商品群を生み出す基盤となった。

大量生産志向を捨てて光るものを持つスモールメーカーへと言うは易いが行うは難し。そもそも内燃機関主体で本当に第一級の省エネルギー性能を実現できるのか、商品を適正な価格で販売するだけの採算性は確保可能なのか、これまでマツダが手にすることができなかった高いブランド力を得られるのか等々、新戦略に踏み出す裏には大いなる苦悩があった。

本書は、フォードに経営権を実質掌握されていた経営危機の時代から今日に至るまで、常に苦境と隣り合わせであったなかで、経営陣や技術陣がどのように気持ちを奮い立たせ、挑戦を決意し、困難を克服していったかという歴史を、小飼雅道社長、金井誠太会長、人見光夫、藤原清志の両常務をはじめ、多数のキーマンたちに取材し、ドキュメンタリータッチで描いたものだ。

コモディティ化が進んだエンジン分野で世界のライバルを凌駕するには、できることを積み上げるだけでは実現できない。実現困難とされるレベルの目標を設定し、それを実現させる方法を真正面から考え、思い込みにとらわれずとにかくトライしてみるという意識改革から実践、またそれを成立させるためのソロバン意識までが詳細に記されている。

金井会長は2005年、日々の業務に追われて長期的ビジョンを持てないでいた技術陣に「君たちにロマンはあるか」と問うたという。世界一のクルマを作るために、10年先の最先端のクルマをターゲットとすることで、技術者たちに理想主義のマインドを取り戻させようとしたのだ。コンベンショナルなクルマがハイブリッドカーに燃費で負ける第一要因は、エンジンの熱効率の良いところをピンポイントで使える割合で劣るからだ。熱効率のピークを引き上げ、さらに熱効率の高い範囲を広げていけば、変速機を用いた普通のクルマでも燃費性能はどこまでも高められることはわかっている。ならば、それをやらない手はない――スカイアクティブテクノロジーは、モノづくりはミニマルであればあるほど美しいという理想主義を具現化したものだということが伝わってくる。

マツダは近い将来、well-to-wheel(燃料製造から走行までのトータル)におけるクルマのCO2排出量をEVと同等以上にするという目標を掲げている。本書に描かれた技術のアプローチやロードマップを見れば、それも絵空事ではないのではないかと思える。マツダファンはもちろん自動車工学全般に興味のある人、またクルマの未来に関心のある人などにイチオシの一冊。

宮本喜一(みやもと・よしかず)
ジャーナリスト
1948年奈良市生まれ。71年一橋大学社会学部卒業、74年同経済学部卒業。同年ソニー株式会社に入社し、おもに広報、マーケティングを担 当。94年マイクロソフト株式会社に入社、マーケティングを担当。98年独立して執筆活動を始め、現在に至る。主な著書に「マツダはなぜ、よみがえったの か?」(日経BP社)、「本田宗一郎と遊園地」(ワック)、翻訳書として「ジャック・ウェルチわが経営(上・下)」(日本経済新聞出版社)、「ドラッカー の講義」(アチーブメント出版)、「ビジョナリー・ピープル」(英治出版)など多数。

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《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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