【北京チューニングショー12】Option編集長が日本と中国のチューニング文化を語る

モータースポーツ/エンタメ エンタメ・イベント
Option編集長 竹本雄樹氏
  • Option編集長 竹本雄樹氏
  • 現場は同時通訳で進行
  • 4つに分けられた日本のチューニング30年史
  • 市販マシンベースのGT選手権の始まりが「走り屋」を産み、パフォーマンスを求めた本格的なチューニングの始まりになったと語る竹本氏
  • 分かる人には鳥肌もののOption創刊号表紙
  • 空前的景気「泡沫経済」到来。名車だらけな時代

8月10日から北京で開催中の中国チューニングカー展示会 ALL in TUNING 2012。同会場内では、プレスやメディア、業者に向けたフォーラムが開かれ、雑誌Option編集長の竹本雄樹氏による日本のチューニング文化30年史が語られた。

竹本氏によると、日本のチューニング30年史は4つの世代に分かれており、1970年代前半から1980年代中盤までの創生期、1980年代後半から1990中盤までを成長期、1990年代後半から2000年代前半までを安定期、そして2000年代後半から現在までを過渡期、とした。

「走り屋」による、パフォーマンスアップを目的としたチューニング創生期から、1981年のOption創刊と翌年の東京エキサイティングカーショー(後の東京オートサロン)開催までの過程がチューニング文化の成熟過程と言える。そして、バブル時代の到来と、チューニングベースマシンの真打ちとも言えるR32型の『スカイライン GT-R』登場によるチューニング文化の活性化を経て、2002年排ガス規制によるスポーツカーの終焉、そしてVIP系やイタ車などジャンル細分化の始まりなどを紹介しながら、チューニングを楽しむという行為自体は変わることがない、とした。

そして中国におけるチューニング文化に関し「状況は限りなく創世記の日本に似ていると私は感じています。チューニングしやすい一般大衆車と、それに伴う法整備が整えば、驚異的なスピードで世界最大の市場に拡大すると言えます」と、今展示会を通じて実感したと語った。

《山本 一雄》

【注目の記事】[PR]

編集部おすすめのニュース

教えて!はじめてEV

特集