愛・MATEを渡された各自は、グローバルループ上の4カ所のエリアに分散。ITS-DAYS取材班はの担当は「西ゲート」付近。さらにループ上を6km/hで周回する約20台の自転車タクシーにも、オレンジとブルーの「愛・MATE」を積んでもらい、情報の「運び屋」になってもらう。
実験が始まると、各ボランティアスタッフは「愛・MATE」の内蔵デジカメで周囲の景色などを思い思いに撮影。画像データが貯まったら、宛先として他のエリアを選び、Wi-Fi(ワイファイ:無線LAN)によって通りすがりの自転車タクシーに向けて送信。
無線LANは意外に有効範囲が広いので、10メートルくらい離れたところからでも一瞬で送信は完了する。自転車タクシーの漕ぎ手はそんな情報が託されたこともつゆ知らず、お客さんを乗せて北ゲートに向かって去ってゆく。
■情報のバケツリレー
さて、撮影に飽きたら「西ゲート」近くに戻り、「愛・MATE」を操作して受信リストをチェック。すると自転車タクシーによって他エリアから運ばれ「西ゲート」付近の常設「愛・MATE」(郵便受けに相当)に投函(送信)されていった画像が、無線LANによって受信される。
しかし、そのほとんどが他人(他エリア)宛の画像だ。実はこのシステム、無線LANが届く範囲で、他の携帯端末に情報をどんどん託し、また託されことで成り立っている。自分の情報を運んでもらう代わりに、みんなの情報も運ぶわけだ。
実験を企画・運営する慶應義塾大学環境情報学部 村井純研究室の石田剛朗(いしだ・たかあき)さんは、それを「情報が憑依(ひょうい)する」そして「情報のバケツリレー」と表現する。
この言葉を聞くと、目に見えない情報が相手にとりつき、そのまま沢山の人(もしくは乗り物)を経て運ばれてゆく仕組みが、何となく分かった気になる。今回は実験だったため他人宛の情報も開封出来たが、基本的には宛先を指定し、暗号解読ができる場合だけファイルを開くことができる。
■モバイルアドホック通信の可能性
こういったものは、携帯端末同士で情報をやり取りするワイヤレスP2P(Peer to Peer)の一種だが、さらに端末自身が中継局となって複数の端末をつなぎ、さらに離れた端末とやりとりを可能にした通信を「モバイルアドホック通信」と呼ぶ。この日行われた実験では、さらに交通機関を利用して遠隔地まで情報を運ぶ点が、とてもユニークなのだ。
「例えば今回のグローバルループを東京の山手線に置き換えることもできます」と石田さんは言う。加えて渋谷や新宿といった特定の街、場所に限定するのも有効だ。もちろん、高速道路などの路上で行えば、クルマ同士で渋滞・事故情報などをリアルタイムで交換できるはずだ。
また、この方法では、前述のようにネットワーク環境がない場所でも、バス停や電車によって情報を運んでもらい、遠隔地の仲間と情報交換が出来る。バス停や駅が、郵便ポストや私書箱の役割を果たしているわけだ。
「災害時の告知板や人探しの張り紙のような役目も、こうした端末を使えばスペースも取りません」と石田さん。確かに災害時、最も情報が必要な時に機能不全に陥る基地局やインフラに依存しないのは強みだ。
■ユビキタス社会の到来は近い
技術的な課題としては、まず情報が必ず届くという確実性がない点、そして他の端末に接触して膨れ上がってゆく情報から運ぶのに値しないもの(行き先が違うなど)をどう選別して消去するかという点や、個人情報の問題、安全性の確保などが重要になる。
また、通信コストが生じないということは、事業者にとって収益が得にくいことも意味する。しかし、スタッフの一人が言うように、技術的なハードルこそ開発の醍醐味でもある。
携帯電話がPDAとしての機能を急速に高めつつある今、ユビキタス社会(情報端末が至る所に存在し、端末同士が自動的に連携して動作する)の到来が近いこと、そして既存のネットワークシステムが絶対ではないことを実感した。