バイクを運転していたのは…7年を経て明らかに

原付バイクの自損事故で死亡した当時16歳の女性の遺族が「娘は運転していなかったのに、運転者(加害者)として扱われた」と、生存した同乗女性を相手に総額1000万円の損害賠償を求めた民事訴訟の控訴審判決が23日、福岡高裁で開かれた。

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1997年4月、福岡県久留米市内で発生した原付バイクの自損事故で死亡した当時16歳の女性の遺族が「娘は運転していなかったのに、運転者(加害者)として扱われた」と、生存した同乗女性を相手に総額1000万円の損害賠償を求めた民事訴訟の控訴審判決が23日、福岡高裁で開かれた。

裁判所は「生存した女性が運転していた」と認定。請求全額の支払いを命じている。

この事故は1997年4月26日に発生している。同日の午後11時ごろ、福岡県久留米市国分町付近の市道で、当時16歳の少女2人が乗った原付バイクが左カーブを曲がりきることができず、そのまま直進して民家のブロック塀に激突した。

この衝撃で乗っていた2人は路上に投げ出されるようにして転倒。うち1人は頭を強打して5日に収容先の病院で死亡。もう1人も右大腿骨を折る重傷を負った。

生存した少女は警察の取り調べに対して「死亡した少女が運転していた」と供述。警察はこの供述に基づき、同年11月までに被疑者死亡のまま、死亡した少女を業務上過失傷害容疑で書類送検した。

しかし、死亡した少女の遺族は、生存した少女がこれまでに「事故当時のことは覚えていない」という発言を繰り返していたにも関わらず、警察の聴取では事故の状況も詳しく話しているということに疑念を持った。

また、別の時期には話している内容の細部が異なっていることもわかり、「運転していたのは生存した少女だった」として、提訴していた。

一審の福岡地裁久留米支部は「死亡した女性の骨盤にはハンドルが当たった際に出来たと思われる傷が左右ほぼ同じ位置にあった」として、死亡した少女が運転していたと認定。賠償の請求を棄却しているが、遺族は新たな証拠を付け加える形で控訴していた。

23日の控訴審判決で、福岡高裁の石塚章夫裁判長は、一審で認定された骨盤の打撲痕について「警察の調書にはその旨の記載が無く、診察した医師の証言も事故から3カ月が過ぎた段階で行われており、記憶に曖昧な点も見受けられることから信憑性に欠ける」として、一審判決のよりどころだった判断を否認した。

その上で現場付近の路面に残されていた摩擦痕については「運転者が転倒を防ごうと、足を路面に着けたときに生じたものと考えられる」とし、さらには「生存した女性が事故当時に履いていた靴の左側靴底は、右側よりも激しく磨耗していた」と指摘。路面の痕跡が靴との摩擦によって生じたものであることを認めた。

また、生存女性が右足の大腿骨を骨折したことについては、「右足の局部に何かが当たるなど、大きな力が加わった結果としか考えられない。だとすれば運転中に計器盤やハンドル部分と衝突したと考えるのが自然である」とも指摘し、最終的に運転者が生存女性であると認定。遺族側が請求していた1000万円の支払いを命じている。

この件については、警察の捜査にも不手際があったとして遺族が訴えを起こしている。現状では一審、二審とも遺族側が敗訴し、最高裁に上告中であるが、今回の判決に至るまでの経緯で様々な新事実が明らかになっており、こちらの裁判に何らかの影響を与えることも考えられる。
《石田真一》

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