正しいのは最初の調書---警察が加害者の手助け?

1997年12月に愛知県名古屋市で発生した乗用車とバイク衝突の衝突事故を起こし、二度不起訴になりながらも検察審査会の不起訴不当議決によって業務上過失致傷罪に問われた40歳の男に対する判決公判が3日、名古屋地裁で開かれた。

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1997年12月に愛知県名古屋市で発生した乗用車とバイク衝突の衝突事故を起こし、二度不起訴になりながらも検察審査会の不起訴不当議決によって業務上過失致傷罪に問われた40歳の男に対する判決公判が3日、名古屋地裁で開かれた。裁判長は「被害者に落ち度は無かった」として、この男に対して禁固1年2カ月(執行猶予3年)の有罪判決を言い渡している。

問題の事故は1997年12月26日に起きた。名古屋市名東区の市道で、当時27歳の男性が運転するバイクが、対向車線を逸脱してきた乗用車と衝突した。男性は衝突後の転倒で頭を強打して意識不明の重体となり、その後9カ月の入院生活を過ごすことになる。

当初この事故は「乗用車が対向車線側にはみ出したことが原因で発生した」ということになっていたが、被害者の男性の記憶が失われていることが判明した1998年4月に事態は思わぬ方向に転がっていく。

加害者の男が警察に対して「逸脱してきたのはバイクだ」と証言。新たな実況検分調書が作られ、被害者男性側の過失がより重くなるように作りかえられた。検察は後に作られた調書も参考として採用。この結果「事故の形態がよくわからなくなった」として業務上過失致傷で逮捕された加害者を不起訴処分とした。

これに憤りを覚えた被害者とその家族は独自に聞き込み調査を続け、事故直後の現場を目撃したという人を探し出し、その内容を上申書にまとめて検察庁に提出した。上申書の提出を受けて検察側も再捜査に乗り出す姿勢を見せたが、被害者の男性が事故当時の状況を覚えておらず、嫌疑不十分で2回目の不起訴となる。

男性はこの決定を不服とし、今度は検察審査会に不起訴不当の申し立てを行っていたが、検察審査会は調書の作り替えがあったことや、再捜査の状況を批判して2001年1月に「不起訴不当」の議決を行う。

しかし、検察の再捜査はそれから1年4カ月後の2002年4月を過ぎてからようやく開始。加害者が起訴されたのは同年8月になってからだった。この間、リハビリを続けて社会復帰を目指していた被害者の男性は心不全で死亡している。

公判中、加害者側は「センターラインをオーバーしたのはバイクであり、警察もそれを認めて調書を作り直した」と主張。さらには「目撃証言は事故から5年後に行われたもので、信頼性に欠ける」と、検察側が探し出した目撃者証言の信頼性に疑問を投げかけるなど、一貫して無実の主張を貫いた。

しかし、3日に行われた判決公判で名古屋地裁の片山俊雄裁判長は「最初に作られた実況見分調書では、衝突で破壊されたバイクの部品が落ちている位置もマークしてあり、それはバイクが走っている車線側だった。このことからもセンターラインを逸脱したのが乗用車側だったことは明らか」として、事故の真実を記していたのは最初に作られた調書であることを認めた。

裁判長は「調書の作り替えを行わせるなどして事故発生の責任を回避しようと認められ、公判中も事故責任は相手方にあったと主張するなど反省の情が認められない。全治9カ月の重傷を負わせたという事故の結果は重大であるが、保険金によって治療費や慰謝料が払われていることは斟酌しなくてはならない」として、懲役3年の求刑に対し、禁固1年2カ月(執行猶予3年)の有罪判決を言い渡した。

事故発生から5年半が経ち、ようやく被害者の名誉が回復された状態となったが、警察が初動捜査をきちんと行っており、検察が作り替えられた調書の存在に疑問を投げかけていればここまで長引くようなトラブルではなかったと思われる。
《石田真一》

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