構想は半世紀前から---来年開館の「日本自動車会館」

日本自動車会議所をはじめ、メーカーや流通、整備、運輸、ユーザーといった自動車関連団体が一堂に集まる「日本自動車会館」が2004年早々に、東京都港区芝大門に開設されることになった。自動車会館構想が最初に打ち出されたのは1950年代半ばであり、ほぼ半世紀を経て実を結ぶことになった。

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日本自動車会議所をはじめ、メーカーや流通、整備、運輸、ユーザーといった自動車関連団体が一堂に集まる「日本自動車会館」が2004年早々に、東京都港区芝大門に開設されることになった。自動車会館構想が最初に打ち出されたのは1950年代半ばであり、ほぼ半世紀を経て実を結ぶことになった。

会館構想を発案したのは、54年(昭和29年)に自動車工業会(当時=現・日本自動車工業会)の会長に就任した浅原源七日産自動車社長。自動車博物館と関連団体が一体になった会館構想で、実現しなかったものの資金は東京モーターショーの入場料の一部を充てる案もあった。

その後、会館構想は立ち消え、再浮上したのは70年代後半。当時、自工会会長だった豊田英二トヨタ自動車最高顧問が指示し、自動車工業振興会(現・自工会)が複数の候補地を挙げるまでに至った。しかし、博物館併設構想だったため資金難などから計画は凍結された。そして、豊田章一郎トヨタ名誉会長が日本自動車会議所の会長に就任した93年に三たび提唱、実現に漕ぎ着けた。
《池原照雄》

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