大分の砂浜に、バギーが走っていた。ホンダ太陽、本田技研工業、県内のHonda Cars販売店各社で構成する大分県ホンダ会が共同で主催するビーチクリーン活動の現場だ。
環境活動の現場に、本格的なモビリティ技術が持ち込まれていた。ホンダのビーチクリーン活動では「ビーチクリーナー」が活躍する。日本ではバギーと呼ばれることも多いATV(オールテレインビークル=全地形対応車)で清掃用機材を牽引、砂浜を走ってゴミを回収する。これらの牽引車と清掃用アタッチメントとを合わせて「ビーチクリーナー」と呼ぶ。
6月14日、取材会現場で、既存の大人用大型ビーチクリーナー牽引車と並んで展示されていたのは、新開発された子ども用の牽引車だ。子ども用の牽引車には『TRX90』が採用された。合わせて、ゴミをかき集める熊手の役目をする「ミニサンドレーキ」も新たに開発された。
◆子ども用ビーチクリーナーを初公開
2006年から開始されたビーチクリーン活動。20周年を迎える今回初公開された子ども用ビーチクリーナーは、大人用大型機のメカニズムをそのままサイズだけダウンした本格仕様だ。車体下部に装着された熊手状のアタッチメントが砂浜を走りながらゴミを引っかけ、上部へ跳ね上げて回収する。「サイズは小さくしましたが、仕組みは大型機とまったく同じです」と担当者は語る。
駆動伝達系はチェーン式。バルーンタイヤを履いており、砂浜での走破性を確保している。ただし砂浜走行後のメンテナンスは相応にシビアで、「オイルを差した後に砂がべったりくっついてしまう」というチェーン管理の問題は避けられない。
子ども用ビーチクリーナーに増設されたキルスイッチ(画面中央)子ども向けの安全装備として、もともと標準装備されていなかったキルスイッチを増設している。走行中に隣を歩くスタッフがいつでも即座にエンジンを停止できる仕様だ。加えて、スロットルワイヤーの引き量を物理的に調整することで最高速度に制限をかけている。ゴーカートなどでも採用される手法で、「速度制限が安全に一番効く」と担当者は言いう。シンプルかつ確実な方法論だ。
ビーチクリーナーに乗る子ども
この日、ハンドルを握ったのはビーチクリーン活動に参加した大分の子どもたち。「乗り物に乗ると目が輝くんですよね。と同時に、責任感みたいなものが生まれる」と担当者は目を細めた。実際に子どもを乗せて運転するのは、今年秋から予定されている試験導入時期から。子どもたちがモビリティに乗りながら砂浜を走行する姿を見るのが、待ち遠しい。
ホンダ太陽の工場内◆ホンダ太陽の「ユニバーサル改善」
ビーチクリーンの会場から車で数十分、今回のもうひとつの取材先が、大分県日出町に工場を構えるホンダ太陽だ。主な事業内容は部品製造やデータ領域など。ホンダの特例子会社として、障がい者就労支援施設と本田技研工業との共同出資で1980年に設立された。大分工場の稼働から31年、会社としては45周年という節目を迎える。特徴的なのは、従業員の半数以上が障がいを有している点だ。
ユニバーサル改善ホンダ太陽の工場内の取材をする中でひときわ目立ったのが、ホンダ太陽独自の「ユニバーサル改善」と呼ばれる取り組みだ。障がいのある人だけでなく、すべての作業者が使いやすい工程・設備を追求するもので、安全性の確保とコストを極力かけないことを基本姿勢としている。
その一例として示されたのが、燃料ホースに取り付けるコースクリップの装着治具だ。従来は指でクリップを広げてホースに嵌める作業を手作業で行っていたが、手の小さい女性や障がいのある方には握りづらく、疲労の原因にもなっていた。新たに製作した治具を使えば、クリップをセットしてホースを差し込むだけで作業が完了する。作業速度は従来と比較して圧倒的に向上しており、担当者は「他工場でも同様の作業があれば横展開したい」と話す。
ホンダ太陽の役目は、部品製造だけにとどまらない。ホンダ太陽の購買業務部門は、月約4万件の処理件数を誇る。10年前は1名・月200件からスタートし、現在は大分拠点に約40名、和光事業所に約20名が在籍する体制にまで拡大した。ホンダグループ全体の購買業務の一部をこの部門が担っており、障がいのある従業員が大規模な基幹業務を支えている。
音声認識・テキスト変換システム◆音声認識・テキスト変換システムを開発
また、ホンダ太陽では、聴覚障がいのある従業員と健聴者のコミュニケーションを支援するため、ホンダの研究機関と共同で音声認識・テキスト変換システムを開発している。取材陣の前で披露された実演では、担当者がシステムの解説を話す中で、出力された文字起こしに誤りがほとんど見当たらなかった。
データはクラウドに送らず社内完結型で処理されるため、機密情報の漏洩リスクがないという。iPhoneにアプリをダウンロードするだけで使用でき、工場ラインでも活用可能、2020年にホンダ全社へ展開されている。ホンダ内の独自用語も登録されているため、実務面で大いに役に立っているようだ。
工場見学後、報道陣の取材に応じたホンダ太陽の山口潤社長は「地域の皆さん、多くのお取引先の皆さんに支えていただいてきました。これから50年に向けて、しっかり頑張っていきたい」と語った。
取材に応じるホンダ太陽の山口社長◆障がい特性に合わせた「仕事設計力」
従業員数は2022年時点の約250名から現在は約400名へと1.5倍に増加している。大分工場に加え、和光事業所には在宅勤務者を含む約70名が在籍する。従業員に占める障がい者の比率は50~60%に達する。
近年は、車椅子利用者や聴覚障がい者といった身体障がいのある方に加え、精神障がいや発達障がいのある方の採用も増えている。「この2年ほどで、精神の方が増えています」と山口社長は語る。精神障がいのある方には、製造現場よりも購買・データ業務などオフィスワークのほうが適性を発揮しやすいケースも多く、そうした特性に合った配置を進めている。
ホンダ太陽の従業員が独自で制作したアパレル大分工場ではホンダ製品に関わる部品の製造・検品を担い、埼玉県の和光事業所では月間何万件にも及ぶ購買関連書類の処理・データ入力を手がける。売上の約7割がホンダグループからの受託だ。単なる「障がい者の働く場」ではなく、ホンダのコアな業務を実際に担う"もう一つの現場"として、その存在感は年々高まっている。
ホンダ太陽の核心は、障がい特性に合わせた「仕事設計力」だ。「一人ひとりの特性の違いや持ち味を活かせる仕事を、ホンダの購買部門と一緒に議論しながら決めています」、今年4月から代表取締役社長に就任した山口社長だが、見据える視座は高い。
急成長はひずみも生んでいる。「マネジメントやサポート体制、品質の担保---、いずれも整えながらやっていかなければならない」と山口社長は率直に認めた。1992年に建てられた厚生棟(食堂棟)は老朽化が進んでおり、耐震性や収容人数の問題も明確になったことから、来年夏の完成を目指して建て替え工事が進行中だ。仕事だけでなく休憩もゆとりをもって過ごせる空間を整え、従業員が長く安心して働き続けられる環境を目指す。
ホンダ独自開発の清掃用機材:サンドレーキ。ゴミをかき集める熊手そして山口社長が最も力を込めたのが、45年間で積み上げてきたノウハウの「社会還元」だ。「社内に蓄えているだけではもったいない。障がい者雇用や高齢者就労に取り組まなければならない地域の皆さんに、私たちの視点や知見をしっかり提供していきたい」と語る。ホンダグループ内で最も早くこの領域に取り組んできた先駆者として、他事業所が1から試行錯誤する必要がないよう、各地の支援・協力を続けてきた。
社内では少数精鋭の若手社員による新規プロジェクトも動き出しており、障がいのある方々の視点から生まれる新商品・サービスの開発も構想に含まれている。
海岸でごみを拾う手と、工場で部品を検品する手。その双方に、ホンダが半世紀近くかけて積み上げてきた「人と社会への誠実な向き合い方」が刻まれていた。
<取材協力 ホンダ>










