【和田智のカーデザインは楽しい】第2回…デザインは、日本に残された「最後の優位」

カーデザイナー和田智氏
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  • 和田氏がカーデザイナーを志すきっかけとなった『カースタイリング』誌の1ページ。
  • カーデザイナー和田智氏
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  • 2013年、VWゴルフ7の日本発表イベントではジウジアーロ(左)、デ・シルヴァ(中)と、和田氏によるトークセッションがおこなわれた。
  • 2013年、VWゴルフ7の発表イベントに来日したジウジアーロ(左)、デ・シルヴァ(中)と、和田氏
  • 和田氏がアウディ時代に手がけたAudi A5クーペのスケッチ
  • 和田氏がアウディ時代に手がけたAudi A5クーペのスケッチ

100年に一度の変革の時代、などと叫ばれる自動車業界の地殻変動の中で、自動車のデザインはどうあるべきか? 新連載『和田智のカーデザインは楽しい』では、カーデザイナー和田智が、自由に思考を迸らせながら、自らのデザイン・ランゲージとリソースを駆使して、次の時代のデザインに求められる要素を照らし出す。

第1回に引き続き、カーデザイナー和田智にとってのカーデザインに対するモチベーション、本連載に込めた想いを語る。

◆「美しさ」は、「新しさ」より断然、価値がある

----:和田さんはご自身が手がけたクルマが社会の中にいる姿を、どのように眺められているんですか?

和田:自分がやった仕事は我が子ですから、街で自分がデザインを手がけたクルマを見ると、すごく嬉しいんです。「おーい、元気で走っているか?」って声かけたくなりますよ(笑)。動くことで、生命感が宿ることで、クルマが人間的になる部分がある。クルマの理解というのは人間の理解と一緒で、その扱いも人間の扱いに似ているんです。

----:人の扱いというのは、具体的な接し方やふるまい方という意味ですか? それとも人に近いものという存在に対して、ですか?

和田:どちらもですね。どういう風に人のことを想い、関係を育まなくちゃいけないか。これってクルマの関係論と似ているかなとぼくは思っていて、クルマの扱いが悪くなれば悪くなるほど、社会的には人間の扱いも悪くなっているのではないか。そう考えるんです。

それは様々なセンスの問題かもしれないし、私が単にカーデザイナー目線だからかもしれない。でも街で偶然、出会う感覚というのは、街で彼女と会う感覚と同じなんですよ。これは他のプロダクトにはなく、ちょっとしたひとつのセンスというか、鼓動がバクっと動く、それは、素晴らしいこと、楽しいことであるという感覚を大切にしたい。

----:確かに、我々の多くはクルマをつくる側ではないですけど、昔に乗っていたクルマを街で見かけると想い出と共に蘇るのは、好きだった人やかつての恋人を想うのとまったく同じですよね。つくる側にいて実際に手がけられていたのであれば、それ以上に去来するものがある。

和田:「ああ、あれは恋だったのか」と、気づけることもあるんじゃないかな。色々な記憶がひとつの形をとって、湧き上がってくる。封印していたものが出てくる。それは生きるエネルギーをもたらしてくれる、とても人間的なものですね。

----:和田さんのお話を聞いていると、「美しさ」というのが何より強いキーワードだと感じました。

和田:そうです。ぼくにとって「美しさ」は、「新しさ」より断然、価値がある。むしろ今のぼくにとっては「新しさ」は重要ではないかもしれない。「新しい奇抜」より「美しい普通」を創りたいというのが、これまでずっとぼくが提唱してきたことなんです。日本のデザインは新しさにこだわり過ぎたり、過去の歴史を否定しがちで、新しさこそすべてといった面はありますね。

実際、日本に帰って来て仕事をしていると、「和田さん、とにかく新しいインパクトのあるデザインをお願いします」と言われるわけです。でもアウディにいた時、そんなことを言う人は誰もいなかった。上司がワルター(デ・シルヴァ)でしたから、美しいものを創ろうとする。美しいものを彫琢(ちょうたく)するのがぼくらの仕事で、色々な可能性の中から、研究し、作り上げる。「美しさとは社会をより良くするもの」というロジックをもっていたわけですよ。

彼はイタリアで長年、過去の多くの人々が創り出したものを見て、教育を受けてきた。自動車のデザインやクルマの成り立ちは、過去の歴史とすごく関連があるんです。欧州を経験できたおかげで分かるんですが、温故知新じゃないけど歴史に相対し、原点回帰して本質的なところを見直し、つくらなければいけない時代そのものにいる。その中で「美しさ」というのは、大きなテーマになるんじゃないかと強く思います。

◆「父親への憧れ」は自動車文化の重要な課題

----:自動車デザインにおいて「美しさ」よりも「新しさ」が求められる、というのは日本の現状がやはり特殊で、他国では見られないことでしょうか?

和田:うーん、我々アジア系の民族の傾向としてDNAにあるのかなぁという気はしますね。韓国のクルマもヨーロッパや日本を見て非常に成長してきて、中国も爆発的に成長している。過去のものをリセットして、新しいもの、新しいものを…と。社会そのものの構成がそうだったわけで、歴史との関連性が強いと思います。中国は、新しい市場主義、新しいものこそがエネルギーという感じですよね。もし中国でクラシックなものを提案をしても通らないと思いますよ。

実際、ぼくも中国の仕事をしていますが、以前の経営者の言っていることと今の経営者の言うこととは、真逆です。今は「サトシ、シンプルに作ってくれ」。10年前はむしろハデさ、インパクトを求めていた。だけど色々と学んで、こういうことをやり過ぎるとセンスのいいことではないのではないか? そういう勉強をしていますね。かつてぼくらもそうやって勉強して成長できた。このサイクルが繰り返されて今後、アジア圏さらにアフリカ圏にいった時、人口割合に対してプロダクトの意味合いはものすごく深刻な意味をもつと思います。プロダクト・デザイン、クルマのデザインひとつにしても、意味をもった形でデザインしなきゃいけない時代ですから。ただ長期的視野を理解しづらい状況の中で、激しい過当競争の社会になってしまった。

----:するとその矛盾がついて回っていくと思うと、暗澹たる気持ちですが…。

和田:でもぼくはフリーランスのカーデザイナーです。ざっくりと言って5年後のグローバルなマーケットでのデザインの仕事をしています。つまり、5年後がどうなるかというのは大体見えているんですよ。これまで話した中にもキーワードは多々出ていると思いますが、「美しさ」の意味合いであるとか「人間性」という部分。やはり人ができることのポテンシャルにはすごいものがあって、そのポテンシャルを育てる・成長させることがまだできる、その可能性があることを見失って欲しくないんです。

もうひとつは「憧れ」です。今、たとえば大谷翔平選手を見て憧れる野球少年は沢山いるじゃないですか。ぼく自身は、父親がクルマ好きが多い時代に育って、父のクルマの横に乗ることがものすごく好きだったんです。父はエンジニアでクルマ好きで、ベレットGTに乗っていたんですよ。街でも「ぼくの親父、ベレットGTなんだよ、かっこいいだろ」って感じで。子ども心に父親に憧れるのは社会の仕組みの上で重要なことだと思うんですが、それが段々と失われつつある。

家内もデザイナーなのですが、お父さんの立場が弱くなっている社会について話すと家内いわく、「お父さんにはひとつだけ権利を与えた方がいい」というんです。だから、お父さんは好きなクルマに乗ってくれ、と。すごく大事ですよね(笑)。

----:(笑)いいですね、声を大にして言いたいです。

和田:これひとつだけ、だから許して!その代わりにお父さん、頑張れよっていう。実際に今、現実社会ではなかなかファミリーカーって、お父さんの選択肢になりにくいじゃないですか。本当はこれに乗りたかったのに、何かの理由や事情でこうなっちゃった、とか。今のお父さん、優しいですから。違う言い方をすると、弱い。だから我々の財産であり日本の代名詞ともいえる自動車文化であり自動車産業、これを成立させるには、よりお父さんを元気にしなきゃいけない。「子どもがお父さんのようになりたいか?」これが基本的な課題。クルマを語る上での大きなポイントでもあると思います。

----:日本ならではの問題かもしれませんね。アメリカなどにいくと、お父さんがまだ大きなクルマに家族を乗せて、という傾向が多少は強いような。

和田:国や社会ごとに異なる傾向はありますけど、ぼくが経験した中でドイツでは、いまだにお父さんは強いですよ。やっぱりドイツで覚えたことは、大人がかっこいいな、そう思えることだったんです。そういう大人が持つもの使うものは、クルマにしても何にしても、子どもが将来の憧れのひとつ、模範をつくっていく。それってまさしく教育の概念ですよね。親に何ができる?という話で、子どもに対しての教育でなく、自分自身がいかに成長できるかを見せることが教育だと思うんです。それを怠る社会になっていないか? それがクルマとの関わりにも出てきている。だから憧れは大事な要素なんですよ。


《聞き手:宮崎壮人、まとめ:南陽一浩》

南陽一浩

南陽一浩|モータージャーナリスト 1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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