中国モーターショー『模倣』と『学習』の狭間で…外国人デザイナーを副社長級に続々スカウト

吉利KCコンセプト(上海モーターショー2013) : 後方左に、ボルボから吉利のデザイン担当副社長に移籍したピーター・ホルバリーが見える。
  • 吉利KCコンセプト(上海モーターショー2013) : 後方左に、ボルボから吉利のデザイン担当副社長に移籍したピーター・ホルバリーが見える。
  • 北京汽車BJ100(北京モーターショー2014)
  • HAVAL(長城)・コンセプトR(上海モーターショー2015)
  • クオロス2 PHEVコンセプト(上海モーターショー2015)
  • クオロス2 PHEVコンセプトを説明するゲルト・ヒルデブラント(上海モーターショー2015)
  • 奇瑞FV2030コンセプト(北京モーターショー2016)
  • 前途K50ロードスターコンセプト(北京モーターショー2016)
  • 智車優行科技SUV(上海モーターショー2017)

「かわいらしさ」や「ディテール」よりも

2019年までの北京・上海モーターショー展示車両を振り返りながら、中国車を主にデザインの視点から総括するこの企画。第2回は、近年の中国車デザイナーについて考えてみたい。

(以下写真の車両のデビュー年と展示年は必ずしも一致していない)。

中国市場でのボディタイプの主流は、2010年以降ロング・ホイールベースをもつセダンからSUVへと移行した。背景には、少子化政策のもと一人っ子として育てられ、強力な消費意欲をもつ80后(1980年代生まれ)が購買層の主役となったことが挙げられる。合わせてこの時期は、民族系メーカーが外国ブランドのデザイン模倣から脱皮を試みた時期でもあった。

そうした作品にみられるのは、日本車との違いだ。軽自動車のように、極度に女性ユーザーや過度の「かわいらしさ」を意識したデザインや、日本のワンボックスカーのフロンドグリルのように過剰に迫力を強調したディテールが少ない。対して、未熟ではあるものの量塊としてのまとまりを追求していることは、より欧州車的なアプローチといえよう。

それ以上に特筆すべきは、中国自動車企業が海外にデザイン拠点を積極的に開設したことだ。クオロス2 PHEVコンセプトを説明するゲルト・ヒルデブラント(上海モーターショー2015)

人気車のデザイナー、次々と中国へ

「長安汽車」「JAC」「長城汽車」などは、すでに日本に設計デザイン拠点を設けている。長安汽車のイタリア・トリノスタジオには、前BMWのクリス・バングルや、2000年代初頭にSUBARUでアドバンスト・デザインのチーフデザイナーを務めたアンドレアス・サバディナスが協力している。

人材でいえば、欧米企業で一定の地位にあったデザイナーを重役として登用することもブームとなった。先駆けは、「奇瑞汽車」系のプレミアムブランドとして立ち上げられた「クオロス」だった。元BMWグループMINIのゲルト・ヒルデブラントを2010年に採用。彼は2019年まで9年にわたりデザイン・ダイレクターを務めた。奇瑞汽車自体も2012年、元GMオペルのジェイムズ・ホープをデザイン・ダイレクターとして迎えた。

企業買収に関連した移籍としては、ボルボ・カーのデザイン担当副社長であったピーター・ホルバリーが挙げられる。彼はボルボが2009年に吉利グループの傘下となったのを機に、今度は吉利のデザイン担当副社長となり、スタジオの立ち上げに尽力した。

2013年にはBMWで『X5』『X6』を手掛けたピエール・ルクレールが「長城汽車」にデザイン担当副社長として迎え入れられている(のちにキアを経て、2018年からはシトロエンのヘッド・オブ・デザイン)。

2018年は、そうした移籍が最も盛んとなった。「BYD」はアルファロメオ時代に『8Cコンペティツィオーネ』を手掛け、アウディではデザイン部長を務めたヴォルフガング・エッガーをグローバルデザイン・ダイレクターとして採用した。衆泰A16とアンソニー・ウィリアムス-ケリー(左から2番目。上海モーターショー2019)

「衆泰」は、アンソニー・ウィリアムス-ケリーをデザイン責任者としてスカウトしている。彼は上海汽車集団(上汽)の一ブランドになる前からMGのデザインを手掛けたデザイナーである。かつてコピー車の代名詞として一部で語られてきた衆泰だが、明らかに変わりつつある。

しかしながら最も業界に話題を振りまいたのは、ロールスロイス(R-R)のデザイン・ダイレクターであったジル・テイラーが、中国第一汽車(一汽)にグローバルデザイン担当副社長兼チーフ・クリエイティヴ・オフィサーとして電撃移籍したことであろう。一汽は中国の高級車「紅旗」を製造している。その紅旗は近年、R-Rのデザインを参考にしたと思われるモデルを発表してきたから、“創造主”を手に入れてしまったことになる。

こうした“人材獲得”の陰には、何があるのか?

新ブランド中国車を「クール」と捉える?

資金力にものをいわせた、単なるヘッドハンティングか? という疑問が浮かぶ、だが、それだけで片付けるのは早計であろう。3つの背景がある。

第一は、外国人が働きやすい環境だ。長年続いた外資・合弁規制(2022年までに廃止予定)により、中国の自動車企業内では外国人と開発作業をするのが当たり前になっていた。

第二は、大半のメーカーに歴史的なブランド・アイデンティティが存在しないことだ。そのぶん、より自由な提案が可能であることが、デザイナーを奮起させている。ヒルデブラント氏はクオロス時代、筆者に会うたび、中国の陶磁器の色や伝統的図柄を新作コンセプトカーや量産車に取り入れたことを嬉々として説明してくれたものだ。

第三は「売り手市場」である。イタリアを中心とするカロッツェリアは2000年以降、カブリオレなどのニッチ車種の受託生産終了と、メーカーのデザイン外注削減の煽りを受けて規模縮小を余儀なくされた。いわば、デザイナー余りになってしまったのである。そうしたなか、一定の実績がある優秀なデザイナーは、中国に活路を見出すようになったのである。クオロス・マイル2コンセプト(上海モーターショー2019)

日本と比較する視点も必要だ。日本の自動車メーカーも、1960年代からイタリアのカロッツェリアに指導を仰いだ。さらに一部メーカーは、1990年代からデザイン責任者に外国人の起用を試みた。だが定着には至らず、現在でも英語でいうところのヴァイス・プレジデント級のデザイナーは、日産のアルフォンソ・アルバイザ専務執行役員グローバルデザイン担当のみだ。

もちろん、イタリアのデザイン関係者の中には、かつて取引のあった日本とあまりにビジネスマナーが違い過ぎ「中国との作業に困惑した」、また「仕事をやめてしまった」というデザイナーも筆者は何人も知っている。したがって、一概に中国のほうがビジネスを進めやすいとはいえないだろう。

それでもなぜ、日本には外国人のデザイン幹部が定着しないのか? それは第二次大戦後、日本の自動車メーカーの開発部門では、元航空機設計技術者が開発部門でまず主導権を握った。そして、その一部は経営幹部となっていった。そうした伝統が脈々と生き続け、いわばデザインは二の次になってしまったからであると筆者は考える。実際に、日本の自動車メーカーの元デザイン幹部は「デザインが企業の資産であることを理解する経営者は少ない」と筆者に証言する。

いっぽう、歴史が浅い中国メーカーは“学習”という名のもと模倣をしつつも、デザインの重要性を早くから認識した。従来の「模倣車」イメージに左右されないサブブランドを果敢にも続々創設しているのは、その現れといえよう。

新型コロナウィルス被害を境に、世界では古いユーザーの購買力が減退するいっぽうで、既成のブランド観に左右されない世代が台頭してくるだろう。過去に家電・エレクトロニクスで起きたように、洗練されたデザインの新生中国ブランドを「クール」と肯定的に捉えるユーザーが、国内のみならず世界各地で生まれる可能性があるといえる。

《大矢アキオ》

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