【レッドブル・エアレース 最終戦】室屋義秀が戦いを終えて振り返る。

室屋義秀 レッドブル・エアレース終了記者会見
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  • RED BULL AIR RACE CHIBA 2019
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9月10日、レッドブル・エアレースの最終大会となる、「RED BULL AIR RACE CHIBA 2019」で優勝した室屋義秀が記者会見を行った。戦いを終えた室屋は晴れやかな表情で登場、いつも通りの冷静な目線から自身のこれまでの戦いを振り返った。

今後の活動としては、小学校3年生から中学2年生までを対象とした「空ラボ」で航空機教室を開催。また、パイロットとしてさらなる高みをめざすためエアショーにも積極的に出場、飛行機の魅力を発信していく。

Round of 14で僅か0.015秒差の敗退、敗者復活(Fastest Loser)から奇跡の逆転優勝

千葉大会の決勝戦で優勝を収めた室屋だが、そのフライトはまさに劇的な勝利であった。予選5位の室屋はヒート1で、予選10位のベン・マーフィーと対決する。先行のベンのタイムは57.897秒。室屋もキレのあるターンを続けていたが、思うようにスプリットタイムが伸びてこない。僅かな遅れを挽回するべく最後のバーチカルターンへ入っていくが、タイムは57.912秒。フライト後の表情は、少し曇っているようにみえた。Round of 14のルールでは、各ヒートの勝者と、敗者の中から最速タイムを記録した1名が、Round of 8に進むことができる。ヒート2、ヒート3…と進んでいくが、室屋のタイムはずっと1番上に表示。会場では張り詰めた空気がただよっている。ヒート7ではフアン・ベラルデが最後に登場、フライトを終えた瞬間に会場は拍手につつまれ、室屋の敗者復活が決定した。

迎えた、Round of 8。Round of 14を1位で通過したフアンとの対戦、先行の室屋は安定感のあるフライトで57.895秒を記録、フアンにプレッシャーを与える。後攻のフアンは2つめのバーチカルターン、9番ゲートで2秒のペナルティ(インコレクトレベル)、そして直後の10番ゲートでパイロンヒットして合計5秒のペナルティ、その瞬間にFinal 4へ進出が決定した。Final 4では2番手のフライトとなった室屋。1番手のピート・マクロードはまさかのパイロンヒットで優勝争いから脱落する。2番手の室屋は、いつも通りの安定したフライトを披露、果敢に攻めた結果はノーペナルティで58.630秒。後は、2人のパイロットの飛行を待つだけだ。3番手に登場したのは、エアレースで最年長のカービー・チャンブリス。残念ながらタイムは伸びてこず59.601秒。後1人、去年千葉大会で優勝したマット・ホールを残すのみ。ベテランらしいフライトを見せるマットだが、カービー同様にタイムは伸びてこない…そして最後のゲートを通過、表示されたタイムは60.052秒。その瞬間、会場は大歓声に包まれ、室屋の逆転勝利が決定した。

“エアレーサー”として、“室屋義秀”という人間としての苦悩

エアレース初参戦となる2009年シーズンの状況は今では全く考えられないもので、コースを覚えて“完走”するだけでも精一杯。しかも、当時はマスタークラスのみで(※現在はレベルに合わせて、チャレンジャークラス/マスタークラスでクラス分けされている)、突然世界一のプロのパイロットに囲まれた状況。いつの日か追いつけると思ってはいたが、正直なところは「野球でいうと、メジャーリーガーになるのを夢見て指をくわえている気分」というように、自身のレベルとは程遠い状態であった。また、日本人/アジア人としての初めてのエアレーサーということで、周囲の期待は大きかった。

なんとか乗り切った2009年シーズン、迎える2010年シーズンではさらなる飛躍を目指してチーム体制/期待の改良に取り組むが、キャノピーの破損で飛行ができなくなるなど、実力以上に無理をしようとしたことで様々なトラブルに見舞われた。機体の性能、チーム体制、メンタルのすべての要素が高い水準になければ、エアレースで勝利することはできない。優勝できるパイロット、優勝できないパイロットの差がようやくわかり始めた瞬間、さらなる困難が室屋に降りかかった。

2011年に突然のエアレースの休止、それでも続けてきた努力の時期

2010年シーズン中、突然に発表されたエアレースの休止。機体の変化に伴ったルール変更や、安全対策のためにパイロンの高さが変更された。しかしながら、当時は再開予定も決められておらず、期限のない目標に対して努力をつづけなければならない状況。そして先の見えない状況の中で見舞われた東日本大震災。「スポーツをする環境ではまったくなかったし生活すら成り立たない状況。とにかく生きるのに必死な状況で続けられないと思うこともあった」と振り返る。

そんな時、意外なことに室屋自身の弱い部分が出てきた。「アクロバット飛行に挑む、すなわち肉体的にトレーニングをすることも非常にきつい」、震災ということを理由に逃げることはできたが、室屋の意識を変化させたのは福島に住む人々からのあたたかい声援であった。福島の人々の期待に答えるため、室屋はエアレースパイロットのプライドを捨てた。エアショーのアマチュアレベルにあたるアドバンスドクラスへ参戦し基礎から見つめ直し、自身の技術を高める努力を続けた。同じ頃、世界最高峰のパイロットでもあるパトリック・パリスにも出会い、恩師との出会いは技術面もメンタル面をさらなる高みへ引き上げるきっかけとなった。

「気合と根性でなんとかなると思ったが、それだけでは超えられない壁を感じた。その壁を超えるため、気持ちを整理するには何が必要なのかを学ぶ時期となった」と振り返るように、極限の負荷がかかるエアレースにおいてメンタルは重要な要素であり、“優勝”を目指す室屋にとって不可欠である。日々のトレーニングを行うことで、徐々に弱点を克服していった。

念願の初タイトルを獲得した2017年シーズン

室屋が目標として設定していた2017年シーズンでのチャンピオン獲得、それを実現したのは目標にむけた準備と自身の努力の結果であった。2014年シーズンに何度か表彰台を経験いよいよトップを目指す体制ができたころ、また困難が室屋に降りかかる。許可を得て開発を続けていたウイングレットが差し止め、機体の性能向上によるGのレギュレーションの変化など、様々な要素が複雑に絡んで結果に結びつかない。そんな時、動的な空力の計算を行うと、実はバーチカルターンが今までのセオリーが違うことがわかった。その理論を検証するため、スロベニアに1週間こもり、バーチカルターンを500回も行ったという。肉体的なトレーニング、メンタルトレーニング、脳をコントロールするために断食をするなど、色々なトライを行ってさらなる高みを目指した。

機体、チーム、メンタル、すべての体制が整った室屋は、2017年シーズンで初めてのワールドチャンピオンを獲得する。翌2018年はチャンピオンとして臨んだシーズン、そこで経験したことのない壁と向き合うこととなる。チャンピオンを獲得したことで周囲からの期待が高く、それによって今までコントロールできていた流れが思うようにいかなくなり、シーズン途中で崩れてしまった。そこで再びチャンピオンシップ全体を見ることをおぼえ、最終戦にむけて体制を整えて2019年シーズンを迎えた。2019年シーズンは4戦に短縮されたが、今回の千葉大会優勝を含めて4戦中3勝、勝率75%の成績を収めた。

11年戦い抜いてきたからこそわかる自身の変化、福島県への感謝

---:エアレースに参加して変わったこと、変わっていないこと。

室屋:ものの捉え方、考え方、準備の仕方、すべてが自分の思い通りにコントロールできるようになり、明確に道筋が見えるようになったことが最大の変化。2009年の自分自身と戦うとしたら、100戦100勝できる。それほど今まで努力を重ねてきたと自信をもっていえる。多少の浮き沈みに対しても翻弄されず、舵取りもできるようになり、結果として人生も楽になり楽しめる。自分の行きたい方向に行ける感覚ができたのがこの10年。

変わっていないことは、チャンピオンへの欲求だ。

室屋:2019シーズンのターニングポイントは前戦のバラトン戦。レース直前に風向きが変わり、それに対応できたのがチャンピオンを獲得したマット・ホール、それができなかったことでチャンピオンを逃してしまったのだと思う。

しかしながら、これは今後のモチベーションへとつながっていく。

室屋:ライバルに1ポイント差で総合優勝を逃したことは、自分の実力が足りなかったということ。あと、ここでチャンピオンをとると満足してしまうからかえってよかったかもしれない(笑)。この1ポイント差の敗北は、これから先に飛び続けていくために自分の中で強烈なモチベーションとなる。

---:支えてくれた福島のみなさんへメッセージを。

福島県を拠点として、ふくしまスカイパークを拠点ににトレーニングを積んできた室屋は、県民への感謝をこうまとめた。

室屋:千葉大会の優勝は、今まで福島の空を自由に飛行させてくれた県民のみなさんの理解があったからこそ。自分は代表としてトロフィを獲得できたが、ぜひこの喜びをみなさんと分かち合いたいと思っている。

室屋:「(震災当時のことを振り返り)当時は生きるだけで精一杯の状況。ひび割れてしまって滑走路もつかえなくなり、練習もほとんどできない状況。そんな過酷な状況の中、『こういう時こそ、大会に出場してください』と背中を押され、前進することができた。

最後にレッドブル・エアレースへの感謝として、こうまとめた。

室屋:レッドブルが無名の僕たちに翼をくれた。10年間で54戦もの間、素晴らしい時間を過ごすことができた。

来年の1月に記者会見で、正式に今後の活動について発表が予定されている。エアレースは終了したが、今後の活動を含めて、室屋はすでに新しい目的地へとフライトを始めているようだ。

《後藤竜甫》

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