豪国防軍、5年ぶりイラクでの戦闘に介入…イスラム過激派へ空爆

エマージング・マーケット オセアニア

イラクでのイスラム国に対するデモ
  • イラクでのイスラム国に対するデモ
対「イスラム国」空爆、豪州も開始
初の実弾発射、5年ぶりにイラク軍事介入
オーストラリアが2009年の撤退以来約5年ぶりにイラクでの戦闘に介入した。オーストラリア国防軍は10月9日、イラク領内で過激派勢力「イスラム国」(I S)に対する初の空爆を行ったと発表した。トニー・アボット首相は3日、米国が主導する有志連合による空爆に参加することを決めていた。

国防軍の発表によると、戦闘攻撃機「F/A18F」(スーパー・ホーネット)2機がイラク北部のIS施設に向け、今回の作戦で初めて爆弾2発を発射したという。2機は安全に戦闘空域を離脱し、オーストラリア軍が拠点としているアラブ首長国連邦(UAE)の基地に帰還したとしている。5〜6日にかけても同型機2機が戦闘に初めて参加したが、その際は実弾を発射せず帰投していた。
これに先立ち、トニー・アボット首相は3日、閣議決定と最大野党労働党の支持を受けてイラク領内での空爆開始を表明していた。既に有志連合の空爆の後方支援を行っていた早期警戒管制機1機と空中給油機に加えて、UAEに待機させていたスーパー・ホーネット8機を実戦に投入すると発表。イラク政府との合意を待って、オーストラリア軍の特殊部隊をイラク軍特殊部隊の訓練に従事させる計画も明らかにした。

国内に報復テロの脅威
オーストラリアが空爆参加に踏み切った背景には、国内でテロの脅威が拡大していることがある。連邦警察は9月18日、シドニーなどで一斉捜索を行い、一般市民の公開処刑を計画した疑いなどで15人を逮捕。同23日にはメルボルンで18歳の男が警官2人をナイフで切りつけ、その場で警官に射殺される事件が起きた。いずれもイスラム過激派との関連が指摘されている。
アボット首相は4日、国民に宛てたメッセージの中で「数千マイルも離れた紛争に積極的に介入したいとは思わない。だが、悲しいことに紛争は我々の手に届く所に来ている」と述べた。テロの脅威が国内に迫っていることから、空爆はやむを得ないとの認識だ。
ISは、ソーシャル・ネットワークなどを使って戦闘員を巧みに勧誘している。過激なイスラム原理主義思想に陶酔し、テロ組織に参加している欧米出身の若者の数は最大1,000人以上とも報じられている。イスラム圏から多くの移民を受け入れているオーストラリアも例外ではなく、アボット首相によるとオーストラリア国籍を持つテロ組織参加者の数は60人以上、支援者は約100人に達しているという。
こうした事態を受けて、オーストラリア国内ではモスク(イスラム教の礼拝所)にイスラム教徒を中傷する落書きがスプレーで書かれたり、ブルカ(イスラム教徒の女性が顔などを隠す衣装)を着た女性が嫌がらせを受けたりしている。国内のイスラム教徒は全人口の2%強の少数派。ほとんどは欧米へのジハード(聖戦)を訴える過激思想とは無関係だが、多数派を占める欧州系オーストラリア人の間でイスラム教徒全体に対する反感が涌き出していることは否定できない。政界の一部からは、フランスのように公共の場所でのブルカ着用を禁じるべきだとの主張も出ている。

地上戦は否定も、長期化の懸念
米国を訪問していたアボット首相は9月26日、「単なる演習のために兵力を派遣したわけではない。死のカルト集団(IS)に対する戦いで、我々の役割を行使しなければならない」などと述べ、オーストラリアの攻撃参加を「国際公約」していた。最大野党の労働党や国内世論も政府の方針におおむね賛同していることから、オーストラリアの空爆参加は想定内となっていた。
現時点では、オバマ米大統領と同様にアボット首相は「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(地上兵力の投入)を否定している。ただ、専門家の間では、米・英やオーストラリアなどが目標とするISの壊滅は地上戦なしには達成できないとの見方が強まっている。有志連合側は、当面、イラク正規軍やクルド人勢力、ISと対立するシリア領内の反政府勢力などの地上兵力への支援や訓練を強める方針と見られるが、戦闘は短期間では終わらず数年かかる可能性があることは既に認めている。
地域の勢力図も複雑怪奇だ。ISは化学兵器の使用疑惑が持たれているシリアのアサド政権と戦っているほか、核開発を進めるシーア派のイランもISと対峙している。欧米側にしてみれば、ISの攻撃は従来の敵を利するというジレンマがつきまとう。
オーストラリアは実弾を発射した時点で否が応でも戦争状態に突入した。いかにテロの脅威を減らしながら、戦況の「ベトナム戦争化」(泥沼化)を回避するか。オーストラリアは非常に難しい舵取りを迫られる。




<イラク情勢と豪軍の歩み>


【湾岸戦争】



1990年8月
イラクのフセイン政権がクウェート侵攻


1991年1月
米主導の多国籍軍がイラクへの空爆開始。豪も海軍艦艇など派遣


1992年2月
クウェート奪還、多国籍軍が勝利宣言


【イラク戦争】



2003年3月
大量破壊兵器の保有が疑われたイラクに米・英とともに侵攻


2003年4月
バグダット陥落。フセイン政権打倒後も、大量破壊兵器見つからず


2005年5月
平和維持活動に従事する自衛隊を守るため陸軍部隊派遣


2009年7月
軍事作戦を終結。戦闘中の豪軍戦死者数は2人にとどまる


2011年12月
最後の米軍部隊撤退。オバマ米大統領が戦争終結を宣言


【対IS軍事作戦】



2014年9月
米がISへの空爆開始。豪も人道支援活動


2014年9月
豪戦闘機8機などをUAEに派遣


2014年10月
アボット首相が空爆参加を決断へ(?)


(出典:オーストラリア戦争記念館、ABC放送)

2014年11月 ニュース/総合

《Nichigo Press》

レスポンスコメント欄(β)開設!ぜひ気になる記事にコメントしてください

おすすめの商品

特集