【土井正己の Move the World】「峠ファン」と「TPP」がつくる日本のスポーツカー・ブーム

自動車 ビジネス 企業動向
トヨタ 86
  • トヨタ 86
  • トヨタ 86
  • トヨタ 86
  • トヨタ 86

春の日差しに誘われ、久しぶりに「峠」を走ってみたくなった。学生の頃には、いすゞの『117クーペ』というスポーツモデルに乗っていたので、週に一度は、京都から琵琶湖に抜ける「山中越え」や「途中峠」でスポーツドライビングを楽しんでいた。

この117クーペ(私が乗っていたのは第二世代の丸目4灯)は、ジョルジェット・ジウジアーロのデザインで、今見ても完成度の高い美しいフォルムだと思う。31年前の春、豊田市での入社式を前に、「このクルマで会社に行ってもいいものか」と先輩に問い合わせたが、「全く問題ない。クルマ好きである証しだ」と言って頂いたので社員寮に乗り付けた。すると、マツダの『RX-7』や日産の『スカイライン(R30)』やら、あらゆるスポーツモデルがあり、心配には至らなかった。あの頃は、若い男が3人集まると必ずクルマの話をした。そして、各メーカーからスポーツモデルが、次から次へと発売されてくるので、話題に欠くことがなかったと思う。

◆トヨタ 86で峠を走る 

最近はどうかというと「クルマの話なんかしない」という話を若い人からよく聞く。車両本体も維持費も高くつくので、経済的にクルマの保有は難しいということらしい。「若者のクルマ離れ」は定着してしまった感はあるものの、一方、クルマを愛して止まない若い人たち、「峠ファン」も静かなブームだ。

春風に誘われ、少しだけ仲間入りをしたくなったというわけだ。目指したのは「箱根ターンパイク」や「芦ノ湖スカイライン」など箱根の峠の数々だ。こういうワインディングロードを走るにはFRが面白いと思い、マシンは、やっぱりトヨタ『86』を借りることにした。AT車であったが、パドルシフトが装備されているので、上手く使えばMT並のドライビングを楽しむことができる。シフトダウンでエンジンブレーキを利かせ、カーブをアウトからインに攻める。ハンドルを戻しながら、アクセルを吹かすと「グウォン」とエンジンが唸り、カーブを抜け出る。この時のエンジン音と加速感が、スポーツドライヴィングの醍醐味だ。低重心だからなのだろう、クルマが道路に張り付くようにカーブを曲がってくれる。

途中で、何台もの峠ファンとすれ違ったが、みんなマナーがいい。スピードを競うようなドライブではなく、安全に、そして軽快に走り抜けていく。一般のクルマが前を走っていても煽るようなことはしない。クルマもバイクも、本当に楽しそうに走っていく。ここにいる限りにおいては「若者のクルマ離れ」は感じることがない。

◆スポーツカーが消えていった理由

ご存じの通り、 トヨタ 86は、スバルとの共同開発で生まれたクルマで、スバル側はスバル『BRZ』として2012年の春、ほぼ同時期に発売された。私は、再び、「スポーツカーの時代」が来るのではないかと期待している。それは、数々の名車と言われたスポーツカーが消えるに至った理由を考えてみればいい。「スポーツカーは発売当初は話題になるが、ある一定のボリュームが売れてしまうと全く売れなくなるから」というのが、消えていく理由である。すなわち、研究開発に費用が掛かる割には台数が出ないということだ。メーカーとしては投資対象として考えにくいということである。

◆スポーツカーは必ず復活する

しかし、状況は変わってきている。それは、「アジアの台頭」と「TPP」である。
アジア各国では、まだまだモータリゼーションが進行している。中国にせよ、タイにせよ、モーターショーでは必ずスポーツカーの周りに人だかりができている。そして、スポーツカーに子供を座らせ、親が写真を撮るという我々が小学生の時に体験したような光景をよく目にする。アジアには無限大のマーケットが広がっている。そこに、若者が憧れるスポーツカーを投入し、販売台数と確保するだけでなく、ブランドイメージや技術力イメージを高め、他モデルの増販にもつなげていくという日本で実践されたマーケティング手法は、これからアジアの国々で通用すると思う。

これまで、各国の輸入関税が日本生産車の価格を吊り上げていたが、「TPP」などの自由貿易協定が結ばれて行けば、この関税率が低下していく。そうするとスポーツカーを日本でまとめて生産して輸出するというビジネスモデルが成り立つわけである。

アジアのマーケットが未成熟だといっても、技術は最先端でなければならない。真にクルマの醍醐味を感じさせる「世界で通用するスポーツカー」でなければならない。アジアのユーザーは、欧米での評価にも敏感である。そういうクルマを日本で開発して、世界に名を馳せて欲しい。いいクルマをつくるには、いいユーザーが必要だ。トヨタ 86も峠ファンの方々の意見を多く取り入れたと開発者は語っている。

世界のマーケットにおいて、エコ・カーはもちろん大事であるが、スポーツドライビングを楽しめるクルマ、若い人が憧れるクルマを提案し続けることが市場全体を盛り上げる最大の手段だと思う。また、日本の「峠ファン」の素晴らしいドライブマナーもアジアのモデルになってくれると嬉しい。

<土井正己 プロフィール>
クレアブ・ギャビン・アンダーソン副社長。2013年末まで、トヨタ自動車に31年間勤務。主に広報分野、グローバル・マーケティング(宣伝)分野、海外営業分野で活躍。2000年から2004年までチェコのプラハに駐在。帰国後、グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2010年のトヨタのグローバル品質問題や2011年の震災対応などいくつもの危機を対応。2014年より、グローバル・コミュニケーションを専門とする国際コンサルティング・ファームであるクレアブ・ギャビン・アンダーソンで、政府や企業のコンサルタント業務に従事。

《土井 正己》

【注目の記事】[PR]

編集部おすすめのニュース

特集