カスタムメイド、個人オーナーの路線バス |
地中海に浮かぶ小さな島国・マルタ共和国の黄色い路線バスは有名だ。
独特のスタイルの発祥は、イギリス領だった第二次大戦後、英軍が残していったトラックのシャシー上に島内のコーチワーカーが独自のバスボディを載せたのが始まりだった。
いっぽう現在走っているクラシックバスのベースは、1950〜60年代にイギリスから輸入したトラックシャシーに、同様に島内で木骨製ボディを架装したものだ。当時のアメリカ製乗用車を色濃く反映させているのが特徴である。
そのマルタ式バスが、近い将来消えることになりそうだ。
これまでマルタの路線バス網は、ダイヤや路線こそ運輸当局とバス事業者組合による管理であったものの、車両自体は民間オーナーによる所有で、ドライバーは雇われた運転士もしくはオーナー自身だった。
ところがこの2011年7月、マルタのバス管理が「アリバ」社に運営が移管された。アリバはドイツ鉄道(ドイッチェバーン)を親会社とし、英国を本拠とする多国籍交通事業者。
移管を機に同社は前述の旧態依然としたオーナーシップ制度からの脱却を進め、同時に欧州排出ガス基準『ユーロ』に適合し、かつ高齢者などにも乗降がしやすい新型の低床式バスに順次切り替えてゆくことを明らかにしている。新型バスはアリバ参入以前から導入が進められていた中国キンロン製が主流になる見込みだ。
筆者もマルタの伝統的バスが大好きだ。1台1台に「パラダイス」などといった名前が付けられた車両の外観はぴかぴかに磨かれ、いずれもオーナーの思い入れがひしひしと感じられる。コクピット周りには通俗的・宗教的装飾が施され、まるで運転士の家に招かれたような、ほのぼのムードが漂っている。
ちなみに降車の意志表示は、運転席のベルに繋がった天井のヒモを引っ張るものが大半だ。
そうした時代感覚を超越した車両を楽しむため、バス停にキンロンの冷房付き新型車両がやって来ても、乗車せずに通過させたりしたものだ。
いつかマルタのバスも、ニューヨークにおける往年のタクシー専用車『チェッカー』の如く、実際はもう走っていないにもかかわらず、映画の中では白々しく登場するようになるのだろう。
キューバにおける革命前のアメリカ車しかり、歴史背景をもったローカルな車は、自動車のグローバル化・均一化が進むなか貴重な存在である。ただし低公害化やバリアフリー化と両立させることは容易でないことを、マルタのバスは物語っている。
大矢アキオの欧州通信『ヴェローチェ!』 |