自動車業界におけるエネルギー資源の中長期展望…ポスト石油戦略研究所 代表 大場紀章氏[インタビュー]

自動車業界におけるエネルギー資源の中長期展望…ポスト石油戦略研究所 代表 大場紀章氏[インタビュー]
  • 自動車業界におけるエネルギー資源の中長期展望…ポスト石油戦略研究所 代表 大場紀章氏[インタビュー]

来たる6月15日、オンラインセミナー「エネルギーの専門家からみた電動化と真の脱炭素」が開催される。

セミナーでは、以下のテーマについて大場氏が分析するとともに、モデレーターの鈴木万治氏(スズキマンジ事務所 代表 兼 株式会社デンソー 技術企画部 CX)のもと、セミナー参加者もまじえたディスカッションの時間を設ける予定だ。

セミナーテーマ

1. 気候変動のルールは変わった
2. CNのための各国自動車政策
3. 自動車のためのエネルギー・資源供給動向
4. なんの為の合成燃料・水素か?
5. 対談・質疑応答

セミナーに登壇するエネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所代表の大場紀章氏に、セミナーの見どころを聞いた。セミナーの詳細・お申込はこちら。

■パリ以降は国のCO2削減よりも企業優先へ

EVについて語るとき、よく言われるのが国ごと電源構成の問題である。「発電時のCO2排出をまず減らすべき」という議論だ。大場氏は、このような議論は近年意味を失いつつあると指摘する。パリ協定以降はルールが変わったことをきちんと理解すべきだという。

「自動車業界の方と話をすると、よく引き合いに出されるのが「EVだとしても、電気は火力発電で作られる。結局、CO2の削減には繋がらず、むしろ増えるのではないか」という話です。このような主張は必ずしも間違いではないと私も思いますが、しかし、その話自体が最近ではあまり意味をなさなくなっています。」

「なぜかと言うと、気候変動問題の国際ルールが変わったからです。具体的にはパリ協定の影響です。パリ協定以前は、各国がCO2排出量の削減目標を設定し、それを達成することが義務付けられていました。」

「しかしパリ協定以降、それは義務から目標へと変わりました。目標達成に失敗しても、罰則が科されることはなくなったのです。政府が目標達成できなくても、まあ言ってみれば「できませんでした」で済む話になってしまいました。これが2015年以降の気候変動問題において大きな変化です。」

「この変化によって、EVが走るために国単位で電力をカーボンニュートラルにすべき、という問題よりも、各国政府のEV支援政策によって企業間の競争や産業保護にどう影響するかということがより重要になってきました。」

「現在では企業や消費者は選択的に再エネ電力を買うこともできるようになっています。国単位でどれだけCO2排出量があるかという問題は、次第に重要さを失っています。むしろ、政策当局者から見れば、産業がプラスになるか、企業のイメージが向上するかなどの視点がより重要になってきています。」

「つまり現在の戦いは、国単位のCO2削減を目指す戦いから、経済的な利益を追求する方向へと重心が移っています。もちろん、全体として世界のCO2排出量を削減することは重要ですが、現実にはそれだけを重視する人々ばかりではありません。」

「CO2削減は結果として進むでしょうし、電力供給も長期的には脱炭素化が進むので、それでCO2削減が進めばいいよね、といように、議論の優先順位が変わったということです。」

■インフレ抑制法に対する疑問

ルールが変わってからの世界では、カーボンニュートラルの推進と自国産業の推進をどのようにバランスを取っていくのだろうか。

「究極の目標として、2050年のカーボンニュートラルを目指すという共通の目標はもちろんありますが、国によって電動化への対策や規制、そして補助政策は大きく異なっています。たとえばEUは、2035年までに内燃機関の販売を禁止するという方針がありますが、その一方で、ドイツ、イタリアなどの異議によって、e-fuelを用いる内燃機関の販売を認可する動きが見られます。EU全体でも意見が一致していないからです。」

「またEVの販売についても、EU全体で一律に進んでいるわけではありません。ノルウェーのような国ではほぼ電動化を達成している一方で、EVがほとんど売れていない国も存在します。これは各国が自国の産業構造や国内事情に応じて自動車の電動化政策に取り組んでいるためです。」

「たとえば、自動車産業や内燃機関産業がある国では、市場が縮小することは避けたいという考えがあるでしょう。一方で、ノルウェーのように石油を輸出している国は、自国での石油消費を抑えたいと考えるかもしれません。」

「アメリカのインフレ抑制法は、一見するとすごく手厚い支援のように見えますが、規定がとても厳しいため、実際に税控除を受けられる車両は限られており、あまりEV促進政策になっていないという見方もあります。また一部では、インフレ抑制法は石油業界の保護政策になっている(*)という意見も存在します。」

*EVの販売促進に効果がない≒石油消費量が減らないということから、石油業界の利益となりつつ、石油業界が取り組んでいる二酸化炭素捕捉貯蔵(CCS)や直接大気中二酸化炭素捕獲(DAC)といった技術への補助も強化されていることから。

「しかし一方で、新たな排ガス規制を通じて、規制の力でEVの販売比率を60%にまで高めようという動きもカリフォルニア州などで見られます。」

「一方の中国は、これまで世界のEV市場を牽引してきましたが、2022年に販売補助金が事実上終了しました。これにより、今後は補助金に頼らない形でのEV販売が期待されています。中国以外の国や地域でも、補助政策の縮小が進んでいるところがあります。」

■e-fuelはコスト的に不利

今年に入って、EUがe-fuelを使うエンジンに限り容認したことが話題になった。カーボンニュートラルへのロードマップが厳しすぎた反動ではないかという向きもあったが、e-fuelの実効性を疑問視する声もある。大場氏は以下のように分析する。

「e-fuelの問題は生産コストですが、そのコストの多くは、水素を生成するのに必要な再生可能エネルギーによる電力価格によって決まります。ですので、再生可能エネルギーが安くならないとe-fuelも安くならないという構図になります。」

「自動車の分野では、e-fuelとEVとの比較になりますが、e-fuelが安くなるとすると、その時には再エネ電気も安くなっていて、EVはさらに有利な状況になるため、EVに対してe-fuelが優位になる可能性は低いと考えます。」

「一方、航空機の分野では、バッテリーが重すぎて電動航空機の航続距離がまだまだ足りず、ジェット燃料以外の手段が限られているので、多少高価でもバイオ燃料やe-fuelのようなものを混ぜるという選択肢が存在します。」

■レアメタルよりも銅のリスクを注視すべき

エネルギー資源の調達だけでなく、EVに関してはバッテリーに使うリチウムやコバルトなど金属資源の調達も解決すべき課題として挙げられる。大場氏はこの状況をどう見ているのか。

「実は、この先10~15年ほどのEV生産に必要なバッテリー用の金属資源は、相当部分すでに目途が立っていて、供給リスクよりも供給過剰になるリスクすらあると考えます。」

「それよりも、銅のような金属のほうがリスクが高いのではと考えています。銅の供給には地政学リスクが存在します。銅の主な原産国は、チリをはじめとした南米諸国ですが、最近では南米諸国がロシアとの関係を強化していることが懸念材料です。アルゼンチンやブラジルが食料や肥料の供給でロシアとの長期契約を結ぶなど、これらの国がロシアに取り込まれつつある動きが見られます。またチリの銅生産性が低下しているとの報告があります。」

「この動きが続くと、銅供給に対するリスクが増大する可能性があります。それはメーカーにとって非常に困難な課題となり得ます。地政学的リスクを考慮に入れ、必要な量の資源を適切に調達しなければならないからです。」

■エネルギー資源の中長期動向

エネルギー資源が高騰し、それにつれて電気代も上昇しており、欧州自動車産業のコスト高要因のひとつとなっている。足元では天然ガス価格は沈静化しているが、ウクライナ戦争が続くなか、長期的にはどのように動くのだろうか。

「まず中国については、火力発電につかう石炭をほぼ国内でまかなっており、有利な状況です。それからアメリカは、石炭と天然ガスを国内で生産しており、天然ガスの比率を増やしています。アメリカの天然ガス価格は世界のマーケットから殆ど切り離されていて、世界的に見ても圧倒的に天然ガスの安い国ですね。最近またマイナス価格になりましたが、余って売り切れないほどあるということです。これらの国では電気代が安定しやすいと言えます。」

「一方のヨーロッパですが、ドイツについては、工場の生産活動を停止したことにより需要が減少し、一時的に天然ガスの価格が下落しました。ただしこれは一時的な現象で、経済活動が再開し生産水準がウクライナ紛争前の状態に戻ると、圧倒的にガスが足りなくなりますし、ガス価格も高騰して厳しい状況になると思います。特に生産拠点がEUにある企業にとって、電気代の高騰というリスクはあり得ます。」

「ヨーロッパにおけるガス供給の主要なルートはロシアからのパイプラインです。昨年9月に主要なルートの1つが何者かに破壊されたため供給が激減しましたが、ヨーロッパがロシアからの天然ガス輸入を法的に規制しているわけではないので、トルコ経由とウクライナ経由のロシアガスの供給はまだ続いていますし、敢えてアピールはしていませんが、ロシア産のLNGはすごく増えています。」

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セミナー当日は、この記事で紹介した以外にも、大場氏の幅広い知見による現実的な分析に鈴木万治氏が深く切り込むことで、自動車業界への影響や対応について知ることができる。最後にQ&Aセッションの時間も設けられている。セミナーの詳細はこちら。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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