【池原照雄の単眼複眼】検査不正で想い起こした喜一郎氏の黒ずんだ指先

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日産自動車の完成検査工程における法令上の不備は国内6拠点でおこなわれていた(写真は追浜工場)
  • 日産自動車の完成検査工程における法令上の不備は国内6拠点でおこなわれていた(写真は追浜工場)
  • スバル群馬製作所矢島工場
  • 日産の西川社長(10月2日)
  • 決算を発表するスバルの吉永泰之社長

「安全」であったとしても「安心」は損なった

日産自動車とSUBARU(スバル)で明るみに出た無資格者による完成車検査問題は、いつしか不正を埋没させてしまう長年の慣行の恐ろしさを見せつけた。日産の場合は、正常に戻したはずがそうなっておらず、同社の経営体制への不信ももたらした。なぜ、現場での確認をおろそかにしたのかと首をかしげざるを得ない。問題の2社に限らず、自動車各社は強い製造現場を維持するため、現地、現物といった「現場主義」の実践を改めて徹底する必要がある。

日本車の製造現場は、働く人の安全を第1に、高品質と高効率(低コスト)を両立させ、世界で最も高い販売シェアを獲得する原動力となってきた。しかし、生産現場には遵守するべきさまざまなコンプライアンスがあり、今回はそこにほころびが出た。もちろん、日産、スバルの両社ともクルマの品質や「安全」をおろそかにしたわけがないが、ルール違反によって顧客に届けるべき「安心」は損なった。そこは初回車検を受けていない車両のリコールで、担保することになったのも当然だ。

現場主義を油にまみれた手が教える

問題が明らかになった後、9月下旬の時点で日産は、グループ子会社を含む国内6工場で正常化を図ったとしていたが、一部を除き、そうではなかった。この時点で、なぜ経営層は、現場での綿密な確認をしなかったのか、疑問でならない。経営陣と現場との「距離」を指摘されても仕方なかろう。今回の問題を受けて国土交通省は、日本各社や輸入事業者などに確認を求めたが、それぞれの企業の担当役員は現場に赴いて確認したはずだ。

経営者の現場主義ということから、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎氏にまつわる逸話を思い起こした。トヨタは80年前の1937年に設立されているが、創業当時、いつも喜一郎氏の指と爪先は黒ずんでいたという。機械や部品に不具合が出ると、率先して機械油の中にも素手を突っ込んで対処していたからだ。「これから自動車産業を興そうという者が、手の汚れなど気にしてどうする」とばかり、身をもってエンジニアたちに現場主義を植えつけたのだ。自動車産業を問わず、ものづくりのお手本となったトヨタ生産方式も経営陣が足しげく現場に通い、現場を知り尽くしたからこそ成立した。

検査員制度のルール見直しも図るべき

喜一郎氏の孫である豊田章男社長が本社で執務する際、上衣に作業服を着用するのは、そうした現場主義を忘れないためであろう。また、ホンダには現地、現物、現実でもの事を判断するという「三現主義」の伝統が守られているが、これも創業者の本田宗一郎氏の技術開発や工場運営などにおける行動規範から受け継がれたものだ。

自動車メーカーのコンプライアンスの問題では、昨年、三菱自動車工業による燃費データの不正もあった。これも正しいデータの測定法から逸脱した方法を数十年も続けていた。今回の完成車検査の場合、型式指定制度によって1台ごとの保安基準への適合検査は自動車メーカーに委ねられており、大量生産を支える合理的な運用といえる。このため、監督官庁である国土交通省は、燃費不正の時と同様に「制度の根幹を揺るがすもの」(石井啓一国交相)と非難する。だが、民間に委ねた後の同省の監視機能は、不全状態だったということだ。

東京モーターショー期間中に日本自動車工業会の会長代行を務めた豊田社長は、スバルの不正が明らかになった日に記者団の取材に対し、「ルールというものは、絶えず(取り巻く)状況も変わる。国土交通省や自工会などで、より安心、安全を守る方法を探っていくべきではないか」と、制度疲労状態にある運用の見直しに言及した。検査員の資格や運営方法をよりシンプルで透明にするなど、改善点も多々あろう。その答えも現場にあるはずだ。

《池原照雄》

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