6月15日(月)に、慶應義塾大学 三田キャンパスで開催されたデジタル教科書教材協議会(以下、DiTT)シンポジウム「スマート教育の実現に向けて~DiTTビジョン発表~」には、約130名が参加した。DiTTは、「すべての小中学生がデジタル教科書を持つ環境の実現」を目標に、先導事例の紹介、シンポジウム、勉強会、政策提言などを活動の柱としており、本シンポジウムはDiTTが2010年に発足して以来13回目となる。
冒頭で、総務省 政策統括官(情報通信担当)の南俊行氏、文部科学省 生涯学習政策局 情報教育課長の豊嶋基暢氏が、各々の省で教育の情報化にどのように取り組んできたかを説明した。
総務省の取込み…1人1台端末の実現はBYODが突破口になる?
総務省 政策統括官(情報通信担当) 南俊行氏
総務省でも教育のICT化に取り組んできた。ICTの利活用が効果的であるという認識は広がっているがまだまだ自治体によって差がある。OECD加盟諸国と比べても教育現場でのICT活用は大変遅れている。日本では2020年までに1人1台端末を目標にしているが、今のままでは難しいと思われる。私はBYOD(Bring Your Own Device)に可能性があるのではと考えている。
ビッグデータ、教育SNS、教育アプリの活用、MOOCs(Massive Open Online Courses)など、海外の先進事例から学びつつ、これらの良いところを取り入れた、教育プラットフォームを作り、全国に広めたい。昨年度、ICTドリームスクール懇談会を立ち上げ、この件について検討している。モデルはフィンランドのDream Schoolプロジェクトである。フィンランドでは、当初は国が主導でプロジェクトを進め、徐々に民間に移行している。日本でも同様に進めたい。
今年、ICTコネクト21という協議会を立ち上げた。モデル事業に、1か所上限500万円の助成金を出す。BYOD、セルラーモデルによるネットワークの構築など、さまざまなチャレジを募集している。
文部科学省の取組み…学校単位から地域一体へ、イベントから日常へ
文部科学省 生涯学習政策局 情報教育課長 豊嶋基暢氏
タブレット端末の導入を始めている自治体は1,800ある自治体中、200はあるという感触。このところ急速に増えていると肌で感じる。全国の自治体を訪ねているが、ICT化をしたくないという自治体に出会ったことがない。予算や人員不足のため、進めたいが進められないのが実態ではないか。
教育のICT化は、ハードを入れただけではだめで、ICTを授業にどう組み込んでいくかをセットで考えなければならない。そのためには授業計画を見直す必要がある。
最近のキーワードは、遠隔授業、アクティブラーニング、中高大の接続などがある。アクティブラーニングは、実は小学校ではすでにやっている。一番やっていないのが高校。高校の授業を変えるには大学入試を変える必要がある。今後の大学入試は、知識を見るのではなく、科目の枠を超えて思考力・判断力・表現力を見るものに変わっていく。大学入試が変われば高校の授業が変わる。それにともない、中学校、小学校も変わっていく。
これからの教育のICT化は、「学校単位での取組みから地域一体の取組みに」「イベント的な利用から日常的な利用へ」「セミナー参加で教師が自主的にスキルアップから学校をあげて研修として取り組むへ」変化するべき。
その後のパネルディスカッションでは、DiTTが「教育情報化推進法の制定」を提言。法制化実現のために、今後何を検討すべきか、意見交換をした。
パネラーとして登壇したのは、新井健一氏(ベネッセホールディングス ベネッセ教育総合研究所 理事長)、豊嶋基暢氏(文部科学省 生涯学習政策局 情報教育課長)、南俊行氏(総務省 政策統括官 情報通信担当)、片岡靖氏(DiTT参与 一般社団法人日本教育情報化振興会)、中村伊知哉氏(DiTT事務局長、慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)、石戸奈々子氏(DiTT理事、NPO法人CANVAS理事長)。
ICTの世界は、スマート化を経て脱スマート化に?
石戸氏:これまでのDiTTの取組みについて報告をお願いします。
片岡氏:DiTTでは、(1)コンテンツ(小中の全教科書をデジタル教科書に)、(2)ハード(1人1台端末)、(3)ネットワーク(無線LAN100%)を目標に、先導事例の紹介、シンポジウムや勉強会の開催、政策提言などを行ってきた。2010年の発足当初には、夢のまた夢だったが、来年、再来年の小中の教科書改訂を見据え、各社からデジタルコンテンツも出揃ってきた。ハード面でも、塾や通信教育では1人1台端末が当たり前の状況。無線LAN環境はまだ4校に1校の普及率と寂しい状況だが、国も2014年に「世界最先端IT国家創造宣言」を閣議決定し、教育のみならず、ITの利活用は広がっていくだろう。DiTTとしてもまだできることがあると考えている。
中村氏:南さん、豊嶋さんの報告を聞いて、国もここまで進めているのかと勇気づけられた。BYOD、クラウド、SNS、プラットフォーム、標準化、オープン化など、5年前には考えられなかったキーワードも出てきた。民間ももっと頑張らなければと気を引き締めている。DiTTは、「1人1台端末」「無線LAN」「全教科デジタル教科書」を掲げてきたが、この5年間で状況は激変し、「マルチデバイス」「クラウドネットワーク」「ソーシャルメディア」からなるスマート化に進化。そしてさらに「ウェアラブル」「IoT(ものの情報化)/ロボティクス/インテリジェント」など、「脱スマート」と呼ぶべき進化を見せようとしている。しかし、日本の教育現場はまだ「スマート化」にも対応できていない。これ以上の遅れは許されない。そこで、DiTTでは今回、「教育情報化推進法の制定」を提言する。今後、ワーキンググループを作って具体的にどのような法案にすべきか議論していきたい。
キーワードはBYOD、クラウド、ビッグデータ
石戸氏:法制化にあたってどのような議論が必要か?
豊嶋氏:不易という言葉があるが、今の子どもたちが20年後、社会人になったときに役立つには何を学ばせればいいのかも、ICT化とセットで考えていただきたい。
新井氏:教科書は、電子データも含む著作物であるという定義のうえで議論されないと前に進まない。著作権問題は教科書のデジタル化の大きな課題。法制化においても議論が必要なところ。
石戸氏:BYOD(Bring Your Own Device)の可能性は?
南氏:BYODは、積極的に検討されるべきではないか。先生方は学習環境や授業の構築に専念していただき、デバイス面は各家庭にゆだねる。そうしないと現状の予算では1人1台端末の実現は難しい。
石戸氏:ネットワークについての問題は?
新井氏:クラウド環境についてはセキュリティ面から躊躇している自治体が多い。各自治体のセキュリティポリシーが縛りになっている。先導的事例の中からいいモデルを示すことができればいい。
南氏:学校が自前でネットワークを構築するよりも、クラウドにまかせたほうが簡単だし、実はセキュリティ面でも安心。また、無線LANに代わるネットワーク、たとえばセルラーモデルなども検討していくべき。
中村氏:通信キャリアの方々にも参加してもらい議論する時期にきているのでは。
豊嶋氏:通信環境の整備とコンテンツの問題はセットで考えるべき。コンテンツが今、どんどん重くなっている。いくら通信環境を整備しても追い付かなくなっている。
石戸氏:ビッグデータの活用は?
南氏:教育プラットフォームの構築の中で、ビッグデータを匿名化して学習データとして活用することも検討中。医療の電子カルテ等も同様だが、そのデータは誰に帰属するのかが今後問題になるだろう。
低コストモデルの提案が突破口となるか
石戸氏:最後にひと言ずつお願いします。
新井氏:コンテンツ、デバイス、ネットワーク環境を、コスト配分を考えながら包括的に考えていくべき。
豊嶋氏:国、自治体、民間企業、学校、NPO等、なるべく多くのステイクフォルダーが手を携えて進めていくべき。特に企業には、低コストモデルの提案も含め、いいモデルを出してほしい。それがブレイクスルーになればと期待している。
南氏:企業にはぜひ1台1万円を切る端末の開発をお願いしたい。普及モデルの提供と幅の広い選択肢がなければ、ICTは、一握りの人の玩具になってしまう。
片岡氏:低コストモデルが待たれる。新しいエコシステムを考えて供給者側も買う側も納得できるモデルができるといい。
中村氏:ここまで来た、という思いと、まだここまでかという思い。政府はかなり進んできた。民間が遅れを取っている印象だ。引き続き、産官学が手を取り合って前進していくべきだと思っている。
<参考>DITTが提言する「教育情報化推進法」のポイント
(1)デジタル教科書の正規化
検定制度との整合、著作権の処理等の課題をクリアし、学校教育法など関連3法を改正する。端末やネットワークの整備、システム標準化等も重要な課題。
(2)クラウド、ソーシャル、ビッグデータ
教育環境のクラウド化、教育SNSのようなソーシャルメディアの活用、個人情報を守りつつビッグデータを活用した教育サービスの向上。