【スバルWRC撤退】森社長「決断は本当につらいものでした」

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スズキがWRCワークス活動の休止を発表した翌日の16日、今度は富士重工業=スバルが「WRCにおけるワークス活動の終了」を発表した。これで2009年は、ラリーの最高峰WRC=世界ラリー選手権のトップシーンからワークス日本車の姿が消えることになる。

スバルの活動終了の理由は、これまた「世界的な経済状況の急激な悪化に見舞われたため」。ホンダF1の撤退を端緒とする日本メーカーのモータースポーツ活動縮小の波に、歯止めがかからない状況となってきた。

ラリーにおけるワークス活動か否かの線引きは難しいが、少なくとも1980年代末以降の直近20年ほどは、常に日本メーカーのワークスマシンがWRCの上位戦線を賑わせてきた。選手権タイトル獲得経験のあるメーカーだけでも、トヨタ、三菱、そしてスバル。

特にスバルはWRCこそが企業アイデンティティといえる状態にあっただけに、現在の世界的な経済恐慌状態にあっても、活動を継続すると考えられていたのだが……。

1990年のWRC本格参戦開始以降、95 - 97年にマニュファクチャラーズタイトルを3連覇し、95年コリン・マクレー、01年リチャード・バーンズ(いずれも故人)、そして03年ペター・ソルベルグ(08年現在もスバル)と、3人のドライバーズチャンピオンを輩出してきた名門が、WRC最前線を去る。

16日の午後6時からの緊急記者会見には、森郁夫・富士重工業社長が出席。「WRCで活躍する青いインプレッサは、ファンの皆様にとってスバルの象徴であり、この決断は本当につらいものでした」との意を公表した。また、会見後に記者団に囲まれた際には、「今回の決定に、(資本関係のある)トヨタの意向は関係していない」「予算決定の段階に比べて、円高の影響が大きくなり過ぎてしまった」「WRC全体への影響? それはなんともいえない」などとコメント。

また、言葉としてはホンダF1の“撤退”や、スズキWRCの“休止”とも異なる“終了”という表現をしているが、森社長は「撤退ということ(解釈)でいいと思います」。

なお、量産車ベースのクラスに参戦する多くのプライベーターへの車両供給や支援は継続していく、とのことなので、PWRC=プロダクションカー世界ラリー選手権に参戦する新井敏弘(05、07年王者)らの活動には、当面、直接の影響はないものと考えられるが、状況が状況だけに楽観はできない。

また、04年から始まったWRCの日本ラウンド、北海道でのラリージャパンについても、WRCでの次回開催は2010年と決まっているが、地元ワークスの消滅によって、集客面等への打撃は避けられないだろう。
《遠藤俊幸》

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